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2007年7月26日 (木)

こどもはおもしろい

先日臨床心理学者の河合隼雄さんが亡くなられました。河合さんの書かれた学術書は読んだことがありませんが、児童文学や教育に関する本は、よく読みました。どれも平易な文章で書かれていますが、深い教養に裏打ちされた、含蓄のある言葉が胸を打ちます。

今回河合さんの訃報に接し、どの本をご紹介しようかと悩みましたが、教育系の話題で、しかも読みやすい、対談の本を取り上げることにしました。

「こどもはおもしろい」河合隼雄著(講談社プラスアルファ文庫)

この本は、飛ぶ教室(光村図書)という雑誌に連載されていた対談をまとめたものがほとんどです。対談相手は現役の教師(当時)。この対談がなされた当時は、教育の荒廃が叫ばれ、ちょうど生活科が始まった時期、つまり約20年前です。
対談相手は、小学校の先生、中学校の先生、障がい児学級の先生、登校拒否の子供を預かる学園の先生、養護の先生など多岐にわたっています。どの対談も、まったく古い感じがしませんし、語られる子どもの姿は、現代とまったく変わりません。
対談後には、河合さんがあとがきをつけています。これがまた興味深い。そのタイトルが、対談のポイントを如実に表していますので、いくつか抜き出してみます。

  • 「無駄」はけっして無駄はでない
  • 驚きの中に人は楽しさを見出す
  • 「教えたがる」のをやめると
  • 個性ある先生が子どもの個性を育てる
  • 教師のマンネリズムが恐ろしい
  • 教師と生徒の人間関係を強める工夫
  • 教科書なものを排すことから

ざっと見ていただければ、お分かりの通り、河合さんは対談から「教えない教育」「個性を尊重した教育」の実践を見出します。前書きの中で「このことはいくら強調しても足りない」と書いています。

「教えない」はともかく、「個性の尊重」とは、もはや言い古された感のある言葉ですが、実際やろうとするとなかなか難しいことです。そもそも個性などあるのか、という疑問さえ湧いてきますが、この本の対談の最後を飾る、安野光雅さんとの対談にその答えのひとつがあります。
 全体を分かるより、一人を分かることのほうがすごい

先日、ある先生から、特別支援教育の校内研修についてうかがいました。一人の障がい児への教育方針を、学年で話し合ったのだそうです。一人の児童の教育に複数の先生が知恵を絞る。「いやあ贅沢な研修ですね」と私が言うと、その先生は、「いや、その子一人が見えたことで、先生方の子どもへの接し方が変わったんですよ」とおっしゃいました。私は、軽口をたたいた不明を恥じました。
昭和天皇は「雑草という草はない」とおっしゃったそうです。私は、ものごとを十把一絡げに見ないよう、心がけてはいるのですが、油断をすると、そういう視点が顔を出します。

今回河合さんの本を読み直してみて、改めて一人を分かることの大切さを痛感しました。肝に銘じたいと思います。
合掌。

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