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2007年9月20日 (木)

いのちの授業

「いのちの授業 -がんと闘った大瀬校長の六年間-」神奈川新聞報道部(新潮文庫)

茅ヶ崎市立浜之郷小学校の取り組みは、テレビや新聞で何度も報道されていたので、ご存じの方も多いと思います。私も、そうした報道による知識しかなかったので、今回当事者でなく新聞社の方がこの本をまとめたと言うことで、とても興味を持ちました。

ところがいけません。いつものように通勤電車で読み出したら、涙が止まらなくなりました。もともと涙腺は緩い方ですが、この本を読むまで、私は人前では涙を我慢できると思っていたのに。恥ずかしいのであくびをしたふりなどして・・。

本書は、浜之郷小学校の大瀬校長が、文字通り命を賭けて取り組んだ学校改革、教育改革を舞台にして、大瀬校長の人生の終盤を記録した本です。便宜的に「教育書」のカテゴリにしましたが、これはまさに人生の本です。

大瀬校長の学校改革は、すでに本やビデオが多数出ていますので、ここでは割愛しますが、この本では、そうした仕事の背景にあった、家族とのきずな、親友との友情、兄弟愛、キリスト教の信仰について語られています。仕事と生き方について、非常に考えさせられました。

2004年の1月、大瀬さんは亡くなりますが、その直前まで教壇に立つことを考えておられたといいます。それは校長先生としての責任感でもあったと思いますが、教職=生きることだったのだろうと思います。命を賭けて仕事ができる。なんとすばらしいことでしょう。

また大瀬さんが、お兄さんとのメールのやりとりをしたり、病をおして故郷熊本に帰ったりする部分は、とても印象に残りました。私も、母が末期癌とわかった当時、姉とずいぶんメールのやりとりをしました。子供の頃とは違った意味で、兄弟とは大切だと感じたことを覚えています。
人間、調子の良いときは、どうも一人で大きくなったような気になり、親、兄弟、家族のありがたさは忘れてしまいがちです。しかし、人の死は、そういう傲慢な心を諫めてくれます。自分の寿命が明らかになったとき、大瀬さんのように、立派な最期が迎えられるのかどうか。私はとても自信がありませんが、少なくともそうなりたいと願うことはできそうだと、この本を読んで思いました。

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