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2007年10月 8日 (月)

だから、僕は学校へ行く!

「だから、僕は学校へ行く!」乙武洋匡著(講談社)

乙武さんといえば「五体不満足」の著者としてご存じの方も多いと思います。私は、この本ではなく、スポーツライターとして乙武さんの存在を知りました。Numberというスポーツ雑誌に、アメリカンフットボールの記事をよく書いていたからです。マイナースポーツをやっていた身としては、雑誌で取り上げてくれるライターは、それだけで親近感を覚え、注目していました。

それだけに、テレビで電動車いすに乗った姿を見たときは、本当に驚きました。しかし同時に、そうした不自由な体でもきっちりした取材を行い、すぐれた記事が書けることに尊敬の念を覚えました。「人間、脳みそがちゃんとしていれば、何でもできるんだなあ」と。

その乙武さんが、今度は小学校の先生になるということを、この本で知りました。書店で偶然見つけたこの本で。スポーツライターとして、すでに十分な仕事をしているのに、なぜ大変な道を進むのでしょう。

その理由が本書の第一話に書いてあります。

「五体不満足」が世に出てからと言うもの、(中略)ただ障害があるというだけで、称賛され(中略)僕はむしろ無力感を覚えていた。(中略)世間で思われている虚像と、からっぽの実像を結びつけるためには、行動を、生き方を変えていくしかなかったのだ。(中略)スポーツライターとは異なる、ライフワークとして活動していけるような「別の仕事」と求めはじめていた。

厳しい自己認識です。昔編集者だった私から見ても、乙武さんの文章は、立派にプロのそれです。とりわけアスリートへのインタビューは、非常に優れています。それなのに、自らを「障害を除けば何もない」とおっしゃる。その「からっぽ感」を埋めるための解が先生になるということなのでしょうか。
乙武さんはそのきっかけとして、長崎で発生した中学生による幼児殺害事件を挙げ、「悪いのは、本当に少年だけなのだろうか」と問い、ご自身の人生を振り返ります。

両親や先生方、地域の人が(中略)正しい厳しさを持って接してくれた(中略)僕は恵まれていた。だからこそ、今度は僕自身が社会のために、子どもたちのためにその力を還元していく番なのではないだろうか。

この第一話の後、乙武さんが教員免許を取るための話、新宿区子どもの生き方パートナーとして学校訪問をした時の話、海外の学校で子どもとふれあった話など、とても興味深い話が続きます。この部分は、これから先生を目指そうとしている学生さんはもちろんですが、現役の先生にとっても有意義でしょう。特に「しゃしゃる」という言葉をご存じない先生にとっては。

それでも、実のところ、乙武さんが教師を目指した理由がいまひとつわかりませんでした。教育学部を出て、教員免許も取りながら、私はその仕事の大変さがいやで断念したのですから。もっと深い動機が必要なはず。
それが完全に理解できたのは、最終話のコラム「恩師からの言葉」を読んでからです。乙武さんの小学校時代の恩師、高木先生は、小学校低学年の乙武少年に、学校での車いす使用を禁じたり、プール指導を行うなど非常に厳しい指導をされたそうです。このくだりは、涙無しには読めませんが、本当に幸せな出会いだなあと思います。
乙武さんは、自らの授業をその高木先生に見てもらうのですが、そのときの様子を次のように書いています。

まだ10歳にも満たない年齢だった僕。その僕を、なんとか社会で生きていけるようにと情熱的な指導をしてくださった先生。その僕が、今度は教師を目指そうとしている。子どもたちの間を車いすでまわりながら、僕は涙がこぼれそうになるのを必死でこらえていた。

こうした幸せな出会いが人を作るのだなあとつくづく思います。ただでさえ体力勝負のところがある、「先生」という職業に就いて、乙武さんの教師生活は、想像以上に大変なことだろうと思います。だからこそ、その仕事への決意の書とも言うべき本書を出版し、退路を断ったのでしょう。
乙武さんの今後に期待したいと思います。

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