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2007年11月19日 (月)

椋鳩十文学記念館に行きました

Kinenkan_2 鹿児島県の加治木町に出張した折、車を運転していたら、偶然にも「椋鳩十文学記念館」という建物を見つけました。(さすがATOK、「むくはとじゅう」一発変換です)「大造じいさんとガン」という作品は、かなり昔から、多くの会社の小学校教科書に収録されているので、ご存じの方はかなりの数に上ると思われます。そういう意味で、日本で最も有名な児童文学作家の一人と言えるでしょう。

出張中にもかかわらず、つい寄り道してみました。

Shodana 館内に入ると、小ぶりながらきれいに整えられた文学館となっており、椋さんの作品と生涯が紹介されています。左は、椋さんの書斎の書架を再現したものだそうです。実際の書架のほんの一部だと思いますが、比較的新しい児童文学作品も多数ある ことから、椋さんが生涯現役の作家であったことが忍ばれます。

この隣には、書斎を再現した展示がありました。書斎からは桜島が大きく見えていた様子が、写真をはめ込んで再現されていました。机と椅子、による執筆でなくちゃぶ台とこたつ、というのが椋さんのイメージ通りという感じです。こたつのふとんは、南国らしく、とても薄いものだったのが印象的です。

そしJiseiて、この文学館をこのブログで紹介しようと思ったのは、展示順路の終わり付近に、かけてあった椋さんの辞世の句を見たからです。なんとも印象的なことばであり、人の生き方を示唆しているように思えたからです。
それは次のようなことばです。

精神的にも肉体的にも
松風になりたい

日本の村々に、人たちが
小さい小さい よろこびを
追っかけて 生きている
あ あ 美しい
夕方の 家々の 窓の
あかりのようだ

昭和六十二年十二月二十六日 椋鳩十
平成四年 妻 みヤ子

人が住む「まち」ではなく「村々」であることや、美しいことの比喩が、夕方の家の明かりであることに、農村で育った私は、とても感銘を受けました。人が生きる喜びを称え、人々の普通の営みを美しいと感じて迎える最期はどんなにか充実したものでしょう。

生き方を考えさせられた文学記念館の見学でした。

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