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2008年2月18日 (月)

理解という名の愛がほしい

おとなの小論文教室Ⅱ理解という名の愛がほしい」山田ズーニー著(河出書房新社)

山田さんは、このブログで以前紹介した「あなたの話はなぜ『通じない』のか」の著者です。本書を見かけたとき、サブタイトルが「おとなの小論文教室」となっていることから、私は、てっきり作文やコミュニケーションについての本だと思って購入しました。
しかし、ちょっと違いました。本書は標題の通り、まさに「愛」についての本だったのです。

Zu 先ほど私は「しかし、ちょっと違いました」と書きました。つまり、左の図のようなことを述べたわけです。作文やコミュニケーションと、愛では、ちょっとではなく、だいぶ違うのではないか、と思う方がほとんどでしょう。しかし、このギャップこそが、本書のポイントです。

そもそも人は、なぜ「伝える」のでしょうか。山田さんは、伝えようとする意識の中に愛が必要だと書いています。象徴的な話題が、Lesson1の「連鎖」です。以下に要旨をまとめてみました。

Webでコラムを連載中だった山田さんに、ある日悪意のメールが届く。その強烈な悪意を消化できなかった山田さんは、そのストレスをたまたま上京したお母さんにぶつけてしまう。お母さんは泣くだけで、決して山田さんを責めなかった。しかしもしお母さんが、お父さんにぶつけていたら…と想像し、山田さんは、悪意が連鎖することを悟り、悪意の連鎖を償うには、好意の連鎖を始めねばならない、と決意する。

これは気持ちの持ちようであって、伝えることとは関係ないのでは? と考える人もいることでしょう。あるいは、そうかもしれません。しかし私は、伝えることの根本が、伝える人の気持ちにあるという山田さんの主張にうなりました。そうです、気持ちを抜きにしたコミュニケーションなどありえません。

本書は、分類的には、きっとビジネス書というカテゴリになるのでしょうけれど、まるでラジオの深夜放送のような雰囲気の本です。ご自身の経験談はもとより、読者から寄せられたメールや出会った人からの言葉などを巧みに取り上げながら、魅力的な話に仕上げているのは、さながらベテランのディスク・ジョッキーのようです。
ここで語られている、人が気持ちを伝えることの諸相のうち、特に山田さんの経験談、特に会社を辞めてから鬱々とした毎日を送っていたときの話には、私自身の経験と重なることが多く、身にしみて読むことができました。失意の中のコミュニケーションこそ大事なのだと思います。他にも「おわびの時間は、利他の心で」「”練度の高い正直”が人を動かす」「理解は心の空腹を満たす貯金」といったキーワードが心に残りました。

私自身、近頃コミュニケーション・ギャップに苦しんでいることもあり、本書の指摘には、本当に反省することばかりでした。私の言葉には、愛も、利他の精神もありませんでした。弱いくせに偉そうにふるまってもいました。

どうすれば「理解という名の愛」が得られるのか。本書を参考に、今日から考えようと思います。

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