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2008年2月 7日 (木)

働く、編集者

「働く、編集者-これで御代をいただきます-」加藤晴之著(宣伝会議)

編集者と聞いて、みなさんはいったいどんな仕事をする人だとお考えになるでしょうか。パソコンソフトの「編集」という機能が、データを切ったり貼ったりする作業を指していることから、編集者とは、著者の原稿を切り貼りする人だと勘違いしている人がいますが、違います。
世の中のほとんどの雑誌や書籍には、この編集者と呼ばれる人がかかわっています。本書は、週刊現代の編集長である著者が、そうした編集者がどんな考えで、どんな仕事をしているのかを明らかにした本です。

Setsumei_2 私はこれまで「編集者とは、映画で言えばプロデューサーであり、監督」と説明してきました。しかし、本書で加藤さんは、左のように「ライターと編集者」という関係の対比によって、編集者という仕事を見事に説明しています。漫画好きの方なら、矢吹丈と丹下段平の関係、といえば、わかりやすいですよね。
そして才能がなければ、矢吹丈にはなれないが、努力できれば丹下段平にはなれる、と説きます。私もまったく同感です。

ところが、現在二重の意味で編集者の存在が危機に瀕していると言います。一つは、フリーマガジンやインターネットなど新しいメディアの登場です。テレビにも共通する100%広告収入によるメディアでは、編集作業をシステマチックにしているため、専門知識は必要とされません。ライターも編集も代わりがいくらでもいるので、業務量の割に、スキルや経験が磨かれないのです。そういう編集現場が非常に増えていると、加藤さんは感じています。
もう一つは、報道ジャーナリズムを取り巻く環境です。先達の努力によって、法廷でメモを取ることは許されましたが、相変わらず撮影はNGです。戦後すぐの時期にはOKだった法廷の様子を撮影することが、いまだに許可されていない現実と、それと闘おうとしない大手マスコミに危機感を持っているのです。

これらのことから、お代の取れる編集者を育成する手段として、加藤さんは「編集・ライター養成講座」を開いています。ここでは、現場取材の代わりとして、裁判を傍聴し、その内容から週刊誌の見出しと記事を作成させる演習をやるのだそうですが、その過程が紹介されていて興味深いです。
また、現在禁じられている法廷の写真撮影を、ロッキード裁判で行った福田さんとの対談や、ライバルである「週刊朝日」の編集長山口さんとの対談も、編集という仕事やジャーナリズムについての考え方が披瀝されていて非常におもしろかったです。

私自身、編集経験者といっても、ジャーナリスティックな報道の現場に身を置いたことはありません。それゆえ、本書で語られた「報道の中立性」についての記述は非常に心に残りました。少し長くなりますが、引用します。

レポートする人間が、全力を傾けて事実を取材し、その結果、そこから何が見えてきたのか(中略)伝えないレポートは、たとえその文章が読者の目に触れ、網膜に写ったとしても、その人の心の中までは届くことはないでしょう。マスメディアの大半は、報道の客観性・中立性を、報道倫理として掲げることを大切なことのように思っていますが、勘違いも甚だしいと僕は思います。報道において大切なのは「ニュートラル」ではなく「フェアネス」です。客観性ではなく公平性です。

人に「伝える」ということについて、その技術だけでなく、考え方も大切だということです。情報発信の際には、ぜひ心がけたいことです。世の中を見つめて伝える、その仕事を支える仕事が編集なのだと気づかせてくれた本です。

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