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2008年2月11日 (月)

甲子園への遺言

「甲子園への遺言-伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯-」門田隆将著(講談社)

プロ野球の偉人伝は、すでに数多くの本が出版されていますが、本書は、ちょっと趣が違います。本書で主に語られている、高畠さんは、一般にはあまり知られていません。けがのため満足な現役生活を送ることができませんでしたが、打撃コーチとしてすばらしい成果を上げた人物です。
しかし引く手あまたのコーチ人生にピリオドを打ち、50歳を過ぎてから教員免許を取得し、高校生と甲子園を目指す決意をします。高畠さんを教育に向かわせた原動力は、いったい何だったのでしょうか。

本書の主人公ともいえる、高畠導宏(たかばたけみちひろ)さんは、プロ野球界で30年も打撃コーチを務め、のべ30人以上のタイトルホルダーを育てた名コーチです。その指導の特徴は、打ち方を教えるのではなく、その選手の良さを伸ばすことだったといいます。それゆえ、高畠さんの指導を仰いだ有名選手の打ち方は、それぞれまったく違います。そうした教え方に至った理由を、講演で次のように述べておられます。

プロの世界に入ってくる人間は、必ずどこかにいいところがある。(中略)だから私は、人より優れているその部分を徹底してほめようと思いました。以後30年、私は一度も選手を怒らずに通してきました。その方が選手ははるかに成長するからです。

高畠さんは、期待されてプロ入りしたものの、けがのため、28歳という若さで現役引退を強いられます。しかし、当時の監督に指導者としての才能を見出され、以後30年コーチをすることになります。この間に一度も選手を叱らないというのは、当時の日本のスポーツ界では特異なことではなかったでしょうか。
そんな輝かしい成果を収め、なお幾多の球団からの誘いがあったにもかかわらず、高校教師を目指したのは、指導法に悩んで学び始めた心理学がきっかけだったといいます。素質もあり、練習も欠かさない選手でも伸びる選手と伸びない選手がいる、これを解決するには心の働きを研究するしかないと考えたのだそうですが、とてつもない探求心です。

その研究が高じて、教えることに興味を持ち、最終的に高校の社会科教師になるのですが、その矢先、癌に倒れてしまいます。本書の著者、門田さんは、そうした高畠さんの人生を、丹念な取材で明らかにしています。高畠さんと親交があったということもあるのでしょうけれど、門田さんの熱い思いが、随所ににじみ出ている本です。読みながら、何度も涙がにじみました。

とはいえ、エピソードの構成や、取り上げる中身をもう少し整理したら、もっとずっと読みやすく、感動的な本になったのになあ、と思わぬでもありません。それだけが唯一残念なのですが、「一生懸命生きること」について考えるためには、とても参考になる本です。

指導や育成ということについて、私自身、本書にはずいぶん反省させられました。折に触れ、時々は読み返したい一冊です。

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