« 甲子園への遺言 | トップページ | 理解という名の愛がほしい »

2008年2月14日 (木)

日本全国「県境」の謎

知らなかった!驚いた!日本全国『県境』の謎」浅井建爾著(実業之日本社)

世の中雑学ばやりだそうですが、本書には、まさに「県」に関する雑学が満載です。本の帯にあるように、県境未定地区がいまでも23の都県にあるというのも驚きですが、明治初期に廃藩置県が行われてから、現在の都道府県に落ち着くまで、非常にたくさんの「分県運動」「合併運動」がなされたという事実も驚きです。

私は、群馬県との県境に近い埼玉県に育ったこともあり、かねがね県境には興味を持っていました。両県を隔てるのは、主に利根川のはずなのですが、実際には利根川の群馬県側にも埼玉県があり、埼玉県側にも群馬県があります。利根川が氾濫を繰り返したから、というのは子供心にも理解できましたが、少なくとも1960年以降はさしたる洪水もなかったのですから、それぞれ埼玉県と群馬県に合併すればいいのに、と思っていました。

しかし本書を読んで、地域の合併や分離は、そうした地理的合理性で行えるような単純なものではないということがよく分かりました。律令国家の時代から、日本は五機七道(ごきしちどう)という行政区分が、1000年以上も続いたわけですから、明治政府がそれをやめさせようとしてもそう簡単に行くわけがありません。それから150年程度しか経っていないのですから、現在に至っても、混乱があるのは当然といえば当然です。

それにしても、本書で紹介されている県境のエピソードは、本当におもしろく、ためになりました。私は、仕事柄全国あちこちに出向くことから、地域文化や名称にかかわる疑問を抱くようになりましたが、それも本書で氷解しました。その一端を紹介します。
 ●明治政府が定めた県名に、なぜ旧国名がないのか
  →過去に引きずられることなく新たな国を作るため意図的に排除した。
 ●相模原近辺は神奈川最北部なのになぜか「県央」という
  →東京都多摩地区は以前神奈川県だったため、当時は県中央部だった。
 ●石川県と富山県はなぜ仲が悪いのか
  →北陸3県は石川県だったが、富山は壮絶な分県運動の末に分かれた。
 ●阿波の国の一部だった淡路島は、なぜ兵庫県に
  →士族になれなかった稲田氏の反乱の遺恨を残さないためらしい。
 ●備前といえば岡山県。なのに備前福河駅は、なぜ兵庫
  →岡山県だった福河村が、赤穂市との合併を望んだ。

それから、新しい事実もたくさん知ることができました。「四国には愛媛と高知の2県しかなかった」「富士山頂がどの県でもないのは、静岡と山梨が争ったからではない」「鹿児島県と宮崎県は一つの県だった」といったことです。本当に驚きの連続で、とても楽しく読めました。

本書の最後は、定まらない国境のことについて書かれています。国境の定まらない理由は、県境が定まらない理由とまったく同じであり、国家のエゴが反映されています。国境も県境も行政を効率的に行うための便宜的な区分に過ぎないのに、戦争や内乱が繰り返されてきました。本書で頻繁に語られている分権運動も、おだやかに収まった試しがないようです。

おもしろうて、やがて哀しき一冊です。

|

« 甲子園への遺言 | トップページ | 理解という名の愛がほしい »

雑学・サブカルチャー」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29188/45933252

この記事へのトラックバック一覧です: 日本全国「県境」の謎:

« 甲子園への遺言 | トップページ | 理解という名の愛がほしい »