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2008年4月17日 (木)

学校がアホらしいキミへ

「学校がアホらしいキミへ」日垣隆著(大和書房)

文部科学省の統計資料によれば、中学校の不登校生徒数は、平成16年度(2004年度)で約10万人だったそうです。中学生の総数が約360万人ですから、36人に一人。つまりどこの学校でも、クラスに一人は不登校の生徒がいる計算です。

理由は様々と思われますが、学校が行きたい場所ではなくなりつつあるのは事実なのでしょう。本書は、学校や教育、大人に対して疑問を持っている少年たち(おそらくティーンエイジャー)に対して語りかけるように、教育を受ける意味について書いています。

私自身は子ども時代、学校は行きたくてたまらないところでした。中間試験や模擬試験さえ大歓迎でした。勉強が好きだったわけではありません。学校に行かなければ、家業である農作業を手伝わなければならなかったからです。炎天下の農作業に比べれば、勉強は天国のような行為でしたbook
本書も冒頭に、似たようなことを述べています。

明治時代に学校制度が始まったとき、どれだけ楽しそうだったかは当時の記録を見れば分かる。それまで子どもたちは、親の命令に従って家事や育児を朝から晩まで手伝わされるか、丁稚と言って他の商人や職人の家に働きに行くか。基本は、二つに一つだった。(中略)今は、ほかに楽しいことが、いくらでもある。現代日本における学校最大の問題点は、生徒がわくわくするようなコンテンツがないことだ。(中略)その重大欠陥はキミらのせいではないが、先生たちのせいでもない。(中略)
だから、キミたち自身が、おもしろい人間になろう。

今の学校にわくわくするコンテンツが、本当にないかといえば、私には異論があります。ですが、生徒たち自身がおもしろい人間になれ、という主張は、非常にユニークだし前向きだと思いました。

本書は全部で30のコラムで構成されていて、それらは一連のようでもあり、独立した内容でもあります。それぞれ、具体的な事例を示して説明していますが、読者の既成概念をひっくり返すような話題が多いのが特徴です。

「自立」は正しい目標か
老後に、詐欺のような年金と僅かな貯金と猫の額のような土地を持っていても誰も訪ねてこない「自立した人」と、短期間ならいつでも泊まりに行ける知人や友人たちを持って「依存している人」と、どちらが楽しそうか。

逃げてはいけない

試験には、あらかじめ「範囲」と「期日」と「答え」が用意されている。現実の諸問題を解くための礎として、学校の試験がある。高い点数を取る必要はない。(中略)肝心なことは試験から逃げないことだ。

「自立するのが教育の目的だ」とは、よく言われますし、実際私もそう思っていました。しかし、日垣さんは「依存でよい」と言います。そもそも日本の国自体がアメリカに依存して生きているではないかと。また、学校の試験は、逃げないための練習であるから意味がある、という主張は、きっと中学生にも受け入れられるだろうなと思いました。
日垣さんは、この年代の少年たちとよく対話をされているのでしょう。本書の主張は、どれも中学生にはリアリティのある話だろうなと感じました。

そして最終コラムは、特別編で紙質も違うものとなっています。息子さんの友だちが自殺したことを受け、その友だちに宛てて書いた文章です。おそらくは、日垣さんが本書を書こうと思ったきっかけなのでしょう。日垣さん自身、中学時代に兄弟を友だちに殺害され、その犯人は少年法により殺人にすら問われなかったという過去を持っているだけに、このエピソードは身につまされます。

本書に示された日垣さんの考えのうち、個人的には賛同できない部分があります。それでも、一定の説得力があるのは、日垣さんが少年たちに語りうる言葉を持っているからでしょう。各話題の文章量は少なく、ページ数も少ないのは、少年たちに読んでもらおうという工夫ではないでしょうか。
ですから、もし本書を手にされるのなら、お子さんや生徒さんと一緒に読むことをお勧めします。何か、きっと得るものがあるはずです。

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