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2008年5月19日 (月)

富士山頂

「富士山頂」新田次郎著(文春文庫)

以前NHKで、プロジェクトXという人気番組がありました。その第1回放送「富士山レーダー 巨大台風から日本を守れ」では、番組の最後に富士山レーダーの設置を指揮した気象庁の官僚が、実は新田次郎という筆名をもつ、藤原寛人さんであったことが明かされます。

このことを番組で初めて知った私は、非常に驚きましたが、新田さん自身がこの件について小説を書いていることも、本書を書店で偶然見つけるまで、まったく知りませんでした。恥ずかしい限りです。

本書は、3つの章からなっています。
第一章は、富士山レーダーの設置予算が大蔵省に認められるまでと、予算化されてから建設業者を選定するまでの話です。この物語の主人公「葛木章一」は、おそらく新田さん自身。富士山レーダー建設の予算申請の場面で、大蔵省の官僚と折衝するやりとりは緊張感とリアリティがありました。予算が通って、業者を決める際、葛木はあくまで提案の優れた企業、熱心な企業1社を選定することを希望するのですが、政治家や上司から様々な圧力がかかります。
第二章は、実際に建設する際の苦労話です。ただ登るだけでも大変な富士山に、重い建設資材を頂上まであげるのですから、それは大変です。上げたら上げたで建設作業員の健康とモチベーション維持の問題が発生します。そして最大の難関である、レーダードームの取り付け。
そして第三章はレーダー完成後、電波を発信させるための検査を受ける際に生じた、電波庁との軋轢。本格運用直前に富士山を襲った台風と、それによるドーム内への水漏れなど、完成後も次々と生じた問題。そして最後に、葛木の退職と、葛木を守り続けた上司の村岡の転勤により、富士山レーダーの立役者と言える二人が、図らずも完成とともに別れるという印象的な最後となっています。

この物語を通じて考えさせられるのは、「仕事とは何か」「何のために生きるのか」ということです。主人公の葛木は、役人としての給料より、作家として多くの収入を得ていたと書かれています。それなのに、休みも取らず各方面と調整し、頭を下げ、走り回る仕事をするのは、まったく経済合理性がありません。葛木の上司、村岡も同様です。通常よりずっと遅く観測部長に昇進したにもかかわらず、それを失うことになる可能性が高い、「葛木を守る」ことを続けたのはなぜなのでしょう。実際、最終的に村岡は仙台に左遷されるのですから。
新田さんは、あえてこのような設定にすることで、人間の仕事への取り組みや生き方について描きたかったのでしょう。そういえば、新田さんの出世作「強力伝」も人間の生き方を力強く描いています。

「人はなぜ働くのか」に対する新田さんの答えは、おそらく富士山頂のレーダー建設を指揮していた伊石のことばに集約されているのだろうと思います。伊石は、工事関係者の名前を銅銘板に刻み込んでレーダー観測塔の壁に貼り付けて欲しいと葛木に依頼し、次のように話します。

結局この工事を完成するかどうかは、人の数でも技術でも金の力でもないんです。人の気持ちに頼るしか手はないんです。私は毎日、作業員達に、お前たちは富士山に名を残すために働けと云っているんです。なぜそんな気持ちになったか申しましょうか。測候所員の生活を見たからです。驚くべきほどの安月給で食費は自弁で危険手当さえなく、生命を的に一年中ここで働いている署員たちを支えているものは富士山頂で働いているという使命感なんです。これは全く二十世紀の奇跡のようなものですよ

名前は、すなわちプライドでしょう。本書は私たちに、仕事はプライドと使命感で行うのだと教えてくれています。

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