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2008年6月23日 (月)

ケータイ世界の子どもたち

「ケータイ世界の子どもたち」藤川大祐著(講談社現代新書)

最近、携帯電話のフィルタリング(不適切な情報をカットする)機能を義務化するか、についてテレビや新聞等で盛んに報じられたのをご記憶でしょうか。その少し前には、学校裏サイトについて文部科学省が調査したということが話題になったりもしました。その一方で、こうした報道が、かえって裏サイトを増加させているという報道もあったりして、子どもと携帯電話を巡る報道はなんだか混乱している印象です。

混乱の原因は、携帯電話を巡って子どもに今、何が起こっているのか知らない人が、印象でものを言っていることではないかと私は思っています。本書は、そうした人たちにぜひ読んで欲しい、ケータイと子どもの今がわかる好著です。

そもそも本書のタイトルが「携帯世界の~」ではなく「ケータイ世界の~」となっているところが重要です。この部分について藤川さんは次のように書いています。

「携帯電話」という名称から、私たちはこれを主に通話をする機械と考えたくなります。でも、子どもたちはあまり通話はしません。(中略)そのせいかどうかはともかく、子どもも大人も「携帯電話」でなく「ケータイ」という呼び方をよく使います。(中略)「ケータイ」という表記が最もよく、身近なツールとしての雰囲気を表しているように感じられます。

つまり若い人にとっては、もはや電話ではない、「ケータイ」という新しい別の機械なのだという認識に立たないと状況がきちんと把握できないというわけです。実際本書によれば、子どもたちにとってケータイの三大用途は、メール・デジカメ・インターネットだそうですから「電話」と呼ぶのは不自然でしょう。このような現実を端的に表しているという意味で、とても優れたタイトルと言うことができます。

このような認識に立って、本書では第一章「子どもはケータイを何に使っているか」において、子どもたちに人気のサイトを実名で取り上げ、詳しく説明するとともにその良さと課題を示しています。第二章「ネットいじめの実態」では、いじめや裏サイトの問題を様々な統計データから具体的に示しています。実態把握に役立つ情報ばかりですし、資料的価値も高い部分です。

さらに、第三章で「子どもの生活を支配するもの」として同調圧力の問題を取り上げています。同調圧力とは、集団の中で支配的な意見や行動に同調させるように働く力のことだそうです。日本社会は「ムラ社会」といわれ、古来同調圧力の強い社会を形成してきました。これは現代でも同様で、同調できない人を「浮いている」とか「KY」といった表現で排除しているわけです。ケータイがムラ社会に入って来たことで、同調圧力を強めているというのが藤川さんの主張ですが、この分析は、非常に的を射ていると思いました。

私たちも少年時代、文通や交換日記によって友だちとのつながりを求めていました。ポケベルでつながっていた世代もありましたし、「丸文字」や「ヘタウマ文字」など似たような書体の文字を使うことでつながっていた世代がありました。つまりどの時代も子どもたちの「つながっていたい」という希望を満たそうとする道具があったわけです。ケータイは、そのつながりをリアルタイム、かつ頻繁に行うことを可能にしたに過ぎません。願望が実現したわけですから、みんな幸せになったかと思いきや、実際には新たな苦しみが生まれてしまった、というわけです。

以前ご紹介した「ケータイを持ったサル」という本では、ヒトがサル化している、という主張がありましたが、「なぜ」への言及は少なかったように思います。藤川さんが同調圧力という考え方を出してくれたおかげで、すっきりとつながりました。そして同調圧力を強めているのは、何もケータイだけではなく、昨今の流されやすいマスメディアなのではないか、という思いも湧いてきました。

いずれにしても、お子さんを持つ親や、学校の先生にはぜひ一読いただきたい本です。

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