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2008年6月19日 (木)

漫画がはじまる

「漫画がはじまる」井上雄彦・伊藤比呂美著(スイッチ・パブリッシング)

突然ですが、あなたに大好きな本があり、その著者と会って話をする機会があったとしたらどうしますか。私なら、まず会いません。「著者と作品は切り離して考えるべき」という建前もさることながら、そもそも著者に質問する勇気がないからです。イメージを壊したくないというのもあります。

ところが、伊藤さんはそれを敢行し、本書に仕上げました。伊藤さんが詩人、つまり同じ表現者だから、というのもあるかもしれません。が、それ以上に、伊藤さんの井上さんに対する強烈な興味が本書を作らせたのではないかと思います。

井上雄彦さんの名前は、さして漫画好きでなくてもご存じの方は多いでしょう。本書で主に話題としている「SLAM DUNK」は熱血高校バスケット漫画、「バガボンド」は吉川英治さんの「宮本武蔵」を原作にした剣豪漫画。いずれも大人気の作品です。伊藤さんは、この2作品を毎日毎日読み返し、一時は依存症状態だったそうです。私も漫画好きという点では人後に落ちないつもりではありますが、さすがにそこまで読み込んだ経験はありません。

伊藤さんには、それほどまでに、知りたいこと、井上さんに確認したいことがつまっていたのでしょう。対談は、冒頭から、伊藤さんが発する怒濤の質問攻撃に、井上さんが一行程度の短い言葉で答える、という形で進みます。大学時代の思い出、デビューのきっかけや当時のエピソード、キャラクターの誕生秘話など、第一章「『SLAM DUNK』を語り尽くす」では、作品についてだけでなく、井上さんという漫画家の成立過程を明らかにして行きます。

そして第二章「『バガボンド』を語り尽くす」では、バスケット物から剣豪物に至った経緯や、原作との関係、生きることと死ぬこと=人生観について明らかにします。第三章の対談は、宮本武蔵の跡を訪ねながら熊本で実施したようですが、こうした「熱さ」が行間から伝わってきます。
この対談のように感覚を大切にする話の場合は、やはり実際に相対し、しかも作品ゆかりの地で実施することが重要なのでしょう。行間から二人が相互に刺激し合って、創作魂に火が付いているのがうかがえます。こうした設定を許した編集者に脱帽です。

一般に対談企画というのは、割合簡単に始めることができ、それなりに本や記事になったりするものですから、出版業界では「安易な企画」と言われがちです。しかし本書では、対談した二人が、話し合いの中でそれぞれの創作活動を見つめ直し、刺激されています。つまり非常に価値ある企画だったのです。それをもっとも象徴しているのが、井上さんが書いた「はじめに」にあります。

これまでいろいろな人からインタビューを受けたが、ふだん入口までというか、僕の「皮膚」でとどまっているものが、伊藤さんの場合は「内蔵」まで抉られて入って来た。そして自分でも気づかないうちに、今まで出したことのないような言葉や思いが、伊藤さんの巧みなリードによってどんどん引き出されていった。

一方伊藤さんは、作品の読み込みと対談の中で、「『SLAM DUNK』は現代の○○だ」と喝破し、「バガボンド」につながる必然性を解説します。これは圧巻です。○○の部分は、もちろん本書にはちゃんと書いてありますが、こうした刺激し合える出会いを演出できたら編集者冥利に尽きるなあと思います。

二人のクリエイターによる、熱い熱い対談に、元気をもらいました。

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