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2008年6月16日 (月)

うつくしい子ども

「うつくしい子ども」石田衣良著(文春文庫)

この物語は、サスペンスの部類なのだと思いますが、ちょっと変わっていて、事件の犯人が本の帯に書いてあります。ですから書店でこの本を目にしたとき、てっきり刑事コロンボのように、犯人の犯行シーンから描かれている物語なのかと思っていました。

しかしその予想を、良い意味で裏切ってくれます。物語の冒頭で発生する殺人事件の犯人捜しは、全く中心ではないのです。

石田衣良さんといえば、直木賞作家として有名ですが、私自身はデビュー作である「池袋ウエストゲートパーク」との出会いが印象的でした。テレビの深夜ドラマにもなりましたし、シリーズ化されもしたので、ご存じの方も多いでしょう。社会からはじき出されたハイティーンエイジャーの希望や迷い、正義と暴力を鮮やかに描いているのが印象的でした。その石田さんが、ローティーンを描いた作品ということで、本書を購入してみようと思いました。あらすじは次の通りです。

ニュータウンで発生した小学生殺人事件の犯人は中学一年の少年。主人公「三村幹生(みむらみきお)」の弟である。警察の捜査によって、犯人が判明してから、家族を取り巻く状況は一変。家族は離散し、心ないマスコミや野次馬による中傷報道や過干渉が継続される。
にもかかわらず幹生は、それに負けることなく、弟がなぜこんな事件を起こしたのか、調査を開始する。弟を「理解」するために。しかしそれを境に、なぜか学校で幹生へのいじめが始まり、徐々にエスカレートしていく。それでも同級生の支えもあり、弟の気持ちと「夜の王子」の謎に迫るが…

このように石田さんは、犯人捜しよりも、少年の心の闇やマスコミや学校、親など彼らを取り巻く大人について鋭く描いています。解説文にもありましたが、おそらくモチーフにしたのは、97年に世間を震撼させた、少年による猟奇的な小学生連続殺人事件でしょう。評論家をして、フィクションを超えたと言わしめたあの事件は、当時の大騒ぎの割に、私たちは何も分からなかったし、マスコミは何も伝えていなかったのではないでしょうか。私には、この物語が石田さんによる、「あの事件」の総括に思えてなりません。

それが証拠に、この物語は、幹生の視点で進みながら、同時並行で、朝風新聞の山崎記者の目でも描かれています。幹生の視点では、「ぼく」という幹生の一人称で語られ、山崎記者の視点の時は、客観的な視点で語られています。このあたりの描き分けは石田さんの得意とするところだろうと思いますが、この作品においては、クライマックスのサプライズを盛り上げるために、非常に効果的な手法となっています。

石田さんは、中学生の様子を実に良く取材しているようで、いじめの様子や、生徒たちの反応にかなりのリアリティがありました。リアリティがありすぎて、本書を読んでいる最中は、まるで私自身が凶悪犯の家族になってしまったかのような、陰鬱な気持ちにさせられてしまいました。それだけに、幹生やその友だちの前向きな姿、強さに救われました。やりきれない話題の中に、読む側への救いを残しているあたりはさすがです。

このところ理不尽で凄惨な事件が連続して発生していますが、あのときと同じように、マスコミの矛先は犯人の家族に向かっています。やりきれない犯罪に対して、犯人を極刑に処すだけではもの足りず、家族を血祭りに上げて行くというのは、このごろのマスコミの常道となっています。しかし、それで何が解決するのでしょうか。何が分かるのでしょうか。

本書を読んで、少年の心の闇を嘆く前に、大人の無自覚や無関心、無思慮を問題とすべきだろうと思いました。本書のタイトル「うつくしい子ども」は、幹生のお母さんのことばなのですが、なぜこのタイトルなのか、いまだに考えています。

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