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2008年7月31日 (木)

演技と演出

「演技と演出」平田オリザ著(講談社現代新書)

このブログを読んでくださっている方から、「読まれる本が幅広いですねえ」とよく言われます。改めてこれまでの記事を見直してみると、確かに分野もテーマもバラバラです。いわば放浪型読書とでも言うべき読み方なのですが、実は結構よい読書方法と思っています。

まず自分の興味の幅が広がるのが魅力の1つです。また、ある本の主張が、全く違う分野の本で補強されたり否定されたりする、といった興味深い現象に出会えます。さらに購入当初には想像もしなかった方向でためになる、といたことが少なくありません。本書は、その典型でした。

「演技と演出」という書名ですから、本書は、演劇を志す方や、演劇好きな人のための本でしょう。私自身は、取り立てて演劇が好きというわけではありませんが、映画や舞台の成立過程には興味があったので、本書を購入しました。実際、本書には、かなり具体的に演技指導のワークショップの手法や演技の心構えが書かれています。演劇を志す方にはとても参考になることばかりだろうと思います。

しかし私は、私の仕事上のテーマであるコミュニケーションということについて、大変大きな示唆をもらいました。それは、以前紹介した「対話のレッスン」という本でも書かれていたことなのですが、コンテクストの共有ということです。コンテクストは「文脈」などと訳されることが多いですが、この場合「社会認識の範囲」とでもしていただいた方がよいかと思います。この点について重要な記述を、ちょっと長いですが引用します。

本来、演劇とは、他人が書いた言葉を、どうにかして自分のコンテクストの中に取り込んで、あたかも自分の身体から出たかのように言うという技術なのです。しかし人間は、往々にして、二つの大きな思い込みをおかします。以下は、ジョン・ロックの定義です。

  1. 自分の考えは、当然、自分の考えている当の事物と一致しているものと信じている。(表象の一致……概念と事物が一致している)
  2. 自分がある言葉によって表明した考えや物事は、他人も同じ言葉によって表明すると考えている。(間主観性の一致……概念と言葉が一致している)

ここで問題になるのは、特に二つ目の「間主観性」と呼ばれる問題ですね。特に日本人は、島国に育って、異文化に接触する機会が少ないですから、相手も自分と同じコンテクストでしゃべっていると思い込んでしまうことが多いようです。

こうした説明の後、平田さんは、「椅子のことを何と呼ぶか」「マクドナルドか、マックかマクドか」「ヒレカツかヘレカツか」といった話題により、世代間、地域間のコンテクストのずれとそのすりあわせについて、具体的に説明しています。演出家とは、コンテクストのずれを明示し、俳優にイメージ化させる仕事なのだそうです。

他人の気持ちが分からない、自分の真意が伝わらない、という悩みは、若者に限らず、多くの方が抱える悩みでしょう。私自身もそうです。しかし、本書で指摘されているように、そもそも自分の認識や言葉と他者のそれは異なるのだという前提に立てば、ずっと楽になるような気がします。同じと思い込むから 苦しいのです。一度は演出家の視点に立ってみる、なんてことも大切なのではないかと思いました。

本書には、このコンテクストの話題以外にも、コミュニケーションに関わる興味深い話がたくさんありました。とりわけ漫画好きの私にとって、ガラスの仮面のオーディションや演出方法を引き合いに出す説明が気に入りました。演劇を目指す人はもちろん、目指さないけれどコミュニケーションに興味のある人にはお薦めの一冊です。
学校演劇は、今は衰退気味ですが、本書のような主張をきっかけに、また盛んになってくれるといいなと思います。

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