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2008年9月25日 (木)

新しい道徳

「新しい道徳」藤原和博著(ちくまプリマー新書)

本書の著者の藤原さんは、杉並区立和田中学校校長としてマスコミ等にたびたび登場していました。この記事を書くにあたり、昨年度いっぱいで校長を退任されたことを知りました。教育関係者、特に杉並区の方々は、藤原さんの取り組みをどのように評価されているのでしょう。

私自身、教壇に立ったことも、ましてや学校経営をしたこともありませんが、藤原さんの取り組みは、民間企業の管理職から見ると実に素晴らしいと思います。哲学が一貫していますし、検証を怠らないからです。このブログでも、これまで共著を含め3冊紹介しましたが、3冊とも主張の中心は、情報編集力を身につけようということでした。本書も基本的には同じですが、それが新しい道徳だというのです。「情報編集力が、道徳!?」ということで、読んでみました。

まず「道徳」について、広辞苑に「事物に対する人間の在るべき態度」と記載されていることをふまえ、世の中が変わってきている今こそ「新しい道徳」を考えねばならない、と藤原さんは主張します。これまでの成長社会では、社会や家族が決めた価値観に従っていれば、窮屈だったけれども間違いはありませんでした。しかし、現代ではそうはいかない、といいます。

日本が既に突入した成熟社会というのは、それまでの成長社会と違って、みんな一緒に幸せになれる感覚が共有できない。(中略)個人は一見、より自由に振る舞えるようになるけれども、(中略)自己決定しなければならない要素が増えてくる社会を生きるのは、正直言ってキツい。だから「どこかでつながっている」という感覚が欲しくなる。

この「つながり」の象徴として、藤原さんは「ケータイ・テレビ・ブランド」の3つを取り上げています。いまや若者だけでなく、大人までがケータイやテレビの依存症となり、考えを放棄している、といいます。ブランドファッションも、結局は学生時代の制服と同じで、自分にあった持ち物を考えることを放棄した象徴だというのです。ケータイはともかく、テレビ依存については、私も耳の痛い指摘でした。

また、学力低下論議についても、きちんとしたデータに基づいて、マスコミの論調や政府の教育行政のおかしな点を指摘します。

  • 日本の教育再生のモデルとされたフィンランドでは、92年から指導要領の削減と総合学習の導入を進めている。つまり日本で「ゆとり」と批判された内容が、フィンランドでは成功要因となっている。
  • 学習時間の短さを批判する向きがあるが、間違いである。和田中では、授業時間を5分縮め、コマ数を多くしてテンポの良い授業を心がけたところ、杉並区で上位の成績を収めることができた。
  • 総合学習は受験に役立たないと言うのはうそ。京都の堀川高校や、品川女子学院では、総合学習に力を入れながらも進学実績を上げている。

いじめの問題についても、まず「いじめ」と「自殺」を分けて議論すべき、と主張します。これをごっちゃにして感情的に対処するから間違えるのだと。こうした問題点の切り分け方は、元ビジネスマンならではの発想だと思いました。その上でいじめをレベル1~レベル3に類型化し、対応方法を考えています。「いじめは無くならない。だからこそ対応が大事なのだ」という主張には、実際に5年間教育現場に身を置いた方ならではの説得力がありました。

どれも「なるほど」と思える指摘ばかりだったのですが、私が最も印象に残ったのは「現代は生き易すぎる世の中」という主張です。

戦いや飢えはない。生命の危機が感じられないから、必死に生き抜く必要がない。しかも人生が長くなっているのに、面倒くさくて時間のかかることがドンドンなくなる。何のために生きているのかが見えにくくなってくる。あまりに「生きやすい」からこそ「生きにくい」時代なのだ。

便利な世の中を目指して、みんな頑張ってきたのに、その便利さが人間を生きにくくしているという皮肉。納得できるだけに、呆然としてしまいます。しかしだからこそ、私たちは新しい生き方を考えなければならないのでしょう。非常に考えさせられる一冊でした。

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