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2008年9月 4日 (木)

クライマーズ・ハイ

「クライマーズ・ハイ」横山秀夫著(文春文庫)

小説が売れると映画化され、映画化(ドラマ化)されると文庫が売れる、という図式は、このところ顕著になってきています。実際私も、本書を読もうと思ったのは、映画の評価が高かったからです。映画を見てから読むのでは魅力が半減するかと思い、まず読んでみました。

一読後、映画を見る前に読んで本当に良かったと思いました。本書の魅力の一つ、謎解きを味わえたことはもちろんですが、登場人物のイメージを自分の頭の中でかみしめることができたからです。それほど感動的な作品でした。

本書の解説を担当されている、作家の後藤正治さんは、本書を次のように評しています。

著者横山秀夫がこの当時、地元上毛新聞の記者であったことはよく知られている。事故の模様を、おそらくもっとも深く知り、受け止めたジャーナリストであったろう。事故から十七年後、主人公「北関東新聞」の「日航全権デスク」悠木に託し、渾身込めて作品化した。それだけでもう秀作であることは保証されたようなものであるが、それを超えて、一人の作家がその生涯において残しうる最良の作品、いわば”この一冊”であろうと思われるほどの出来映えである。

この部分は、本の帯にも引用されていて、購入前は「なんと大げさな」と思いました。しかし本書を読み終えた今、この評が誇張でもお世辞でもないと実感します。

本書が1985年の日航機事故を扱っていることも、読む動機の一つでした。当時私は、社会人一年生。お盆で田舎に帰ると、毎日ひっきりなしに、いろんな色のヘリコプターが飛び交っていました。同時に、「事故で○○が大もうけしている」「テレビでは○○と言っているが、実際は□□だ」といった地元ならではの噂が流れていたことを思い出します。あの事故は、傍観者の私でさえ、生き方や仕事への取り組みについて考えさせてくれたのです。

ましてや、当時新聞記者だった横山さんは、事故はもちろん、その周りにいる人間と向き合う中で、もっと強烈に人間の生き方について考えたことでしょう。だからこそこの物語は、事故を話題としながらも、事故そのものではなく、それを取り巻く人間模様にフォーカスしているのだと思います。
物語の中心は、「北関東新聞」における、上司と部下の葛藤、編集と販売のせめぎ合い、派閥抗争など、組織の人間関係。そして時折挿入される、悠木の家族の話題や、親友安西との話題、安西の息子と谷川岳の衝立岩を一緒に登る場面。一見バラバラに見えるこれらの話題が、安西が山に登る理由として、悠木に残した謎の言葉、
「下りるために登るんさ──」
につながっていきます。この言葉の意味は、物語のクライマックスで悠木や読者に諒解されるのです。

実はこの言葉、「登るんさ」の「んさ」が重要です。このニュアンスは、利根川を挟んだ、群馬県南部と埼玉県北部の人にしかわからないでしょう。意味としては「登るんだよ」に近いのですが、相手に向けているようでいて、独り言のような雰囲気がある表現です。しかも同時に悠木と安西の心理的距離も明らかにしています。ベクトルのある言葉とでも言えばよいのでしょうか。この地方独特のコミュニケーションを前提にした言葉です。
東京都出身の横山さんが、このニュアンスをしっかり把握し、物語を進める重要なセリフに使っていることに驚きました。と同時に、このニュアンスをつかめるほどしっかりと地元に根ざした仕事をされていた横山さんだからこそ、本書のような作品が書けたのだと確信します。

以下は、物語のクライマックスで、読者投稿を手にした悠木が、社のみんなに叫ぶ言葉です。心にしみるセリフではありませんか。

「俺は『新聞』を作りたいんだ。『新聞紙』を作るのはもう真っ平だ。忙しさに紛れて見えないだけだ。北関は死に掛けてる。上の連中の玩具にされて腐りかけてるんだ。この投稿を握りつぶしたら、お前ら一生『新聞紙』を作り続けることになるぞ」

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