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2008年10月 9日 (木)

落語の国からのぞいてみれば

「落語の国からのぞいてみれば」堀井憲一郎著(講談社現代新書)

堀井さんと言えば、週刊文春の人気コラム「ホリイのずんずん調査」が有名です。何でも実際に数えてみる、測ってみるという実地主義が売りのコラムで、もう10年以上続いているのではないでしょうか。調査対象も調査手法も独自なので、私は密かに尊敬していました。
一方で、年間400席以上の寄席や落語会に足を運ぶ、希代の落語通としても有名です。そんな落語通の堀井さんが書いたのですから、さぞや楽しい落語の本だろうと思ったのですが、その予想は良い意味で大きく外れました。

本書は、確かに落語を話題とする本ですが、落語の本ではありません。落語を入口に、江戸時代とはどんな時代だったのか、ということを明らかにしています。そして江戸時代から見たとき、現代日本とはどんな時代なのか、ということが分かるようになっているのです。

ではどのような話題に触れているのか、本書の16章から、いくつか抜き出してみます。

  • 第1章 数え年の方が分かりやすい
  • 第4章 名前は個人のものではない
  • 第5章 ゼニとカネは別のものである
  • 第7章 みんな走るように歩いている
  • 第10章 相撲は巨大人の見世物
  • 第13章 恋愛は趣味でしかない
  • 第14章 左利きのサムライはいない
  • 第16章 冷や酒は身体に悪い

たとえば第1章。私はこれまで「生まれたときが1歳で、年を越すごとに1歳ずつ増える」という、数え年の考え方は知っていましたが、なぜそうした数え方が存在するのか、考えたこともありませんでした。本書では、それを「この社会に足かけ何年いるのかを社会的に説明する方法」だったと説明しています。つまり、個人より社会が優先されていた時代だったんですね。だから誕生日などという概念は、高貴な方、天皇や将軍にしかなかったといいます。第4章も13章もそうした「個人」のない社会について解説しています。
現代から考えると、「個人」という概念が存在しない社会はいやだ、と感じる方もいるでしょう。しかし何もかも自己決定するのは結構つらいもの。年齢も名前も結婚相手も全部社会が決めてくれる社会というのは、案外生きやすい世の中なのかもしれません。

こうした説明をするのに、落語が効果的に使われています。たとえば「子ほめ」という有名な話がありますが、この「オチ」を理解するためには、数え年の知識が必要です。同じように、「芝浜」という人情話の理解には、当時の人のお金に対する認識と価値について知る必要があります。堀井さんによれば、江戸時代金と銀が「お金」で「銭」は銅、と明確に区別されていて、多くの庶民はお金など見ることもなく、価値も分からなかったのだそうです。「芝浜」は、私も大好きな話ですが、この知識を元に聞いてみると、さらに楽しめるかも知れません。
他にも「長屋の花見」などに描かれる「お酒」の描写から、現代の日本酒と江戸時代のそれは違うということを解説した16章は、非常に読み応えがありました。

このように本書は、1~16の章を通じて「落語から江戸時代を知り、現代を考える」という、非常にユニークな本です。これだけでもすばらしいのですが、本書にはさらに魅力的なおまけがあります。
まずは参考文献。本書を書く上で参考にした文献について、各章ごとに、どの本の何が参考になったか、具体的に書いています。これが非常に面白い。参考文献をここまで詳細に紹介している書籍も珍しいです。
次に本書で取り上げた落語の解説と索引。本書で紹介した落語を聞くのなら、このCDがお勧め、といった情報まで詳しく書いてあります。この部分だけで1冊の本にしても全く不思議ではないほどの質とボリュームです。
メイン部分もすばらしいのに、おまけである、参考文献と落語の解説部分だけで約50ページも割いています。本当にお得な本です

江戸時代というと、遙か昔のような気がしますが、まだほんの150年前くらいのことです。本書を通じて江戸時代に触れると、本当に時代というのは簡単に変わるのだなあと思います。このことを、「落語」という庶民の娯楽を入口に解説した本書は、本当にためになりました。しかも面白かったです。社会科の先生にはぜひ読んでいただきたいと思いました。

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