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2008年10月30日 (木)

杉並区立「和田中」の学校改革

「杉並区立「和田中」の学校改革」苅谷剛彦・清水睦美・藤田武志・堀健志・松田洋介・山田哲也著(岩波ブックレット)

昨年まで、杉並区立和田中学校の校長だった藤原和博さんの著作は、このブログでもずいぶん紹介してきました。マスコミにも頻繁に取り上げられてきたこの学校の取り組みですが、実際のところ、教育成果はどうだったのでしょうか。

本書の著者陣は、藤原校長が着任した2003年から2005年までの3年間を中心に、和田中学校に張り付いて、「教育改革」の成果と課題を明らかにしようとしました。本書はその記録です。

「教育の効果をいかにして測るのか」私が本書を読もうと思った動機は、まさにこのことに尽きます。学校に限らず、企業においても「教育」や「研修」は行われますが、その効果は語られるものの、検証はされません。時間とお金をかけたのに「効果なし」という検証結果が出てはまずいからです。その意味で、研究者たちを学校に招き入れ、効果の検証を行ったことは、藤原校長の英断と言えるでしょう。自らの仕事を否定する結果になるかもしれないのですから。

本書は、第1部から第3部の研究報告と、研究者代表である苅谷さんと藤原さんの対談、という大きく4つのパートで構成されています。和田中を客観的に見て分析した上で、当事者に話を聞く、という極めて真っ当な構成です。
まず、第1部では、「スクールエスノグラフィー」という参与観察を中心とした調査の分析結果が報告されています。分析の詳細は、本書をお読みいただくとして、およそ次のようなことが指摘されています。

  • 「よのなか科」は、通常授業の枠組みの外に置かれ、教師たちの負担を増さないように配慮されており、その配慮の一つとして「地域本部」が機能していた
  • にもかかわらず、教師の間には、「唐突な導入」「不明確なねらい」「従来方式の過度な否定」に対して、戸惑いや違和感が生じていた
  • 「よのなか科」における評価の幅広さ、多元性は、ある面悪ふざけの許容にもつながっていた

ご覧のように、この研究は、かなりニュートラルな立場でなされたことがわかります。和田中の先生方の思いは、インタビュー結果としてかなりリアルに示されています。一方で藤原校長も、先生方の能力を高く評価し、立場を尊重していることもうかがえました。

次に第2部では、学力調査を含むアンケートの報告と分析が示されています。ここでは、「よのなか科」がいわゆる学力向上には寄与していないことが判明するのですが、一方で大きな効果を上げている点も明らかになります。そして1部2部の結果を受けて、3部の考察へとつながって行きます。

本書の結論も、これまでの藤原さんの主張と同様、社会が成熟してきて構成員が多様化してきたのだから、これまでと同じ教育システムが成立するはずがない、というものです。それなのに、政治家やマスコミは「学校ではもっとこういう教育をしてもらわないと」とか「もっと家庭教育を充実させないと」などと主張します。しかし、今のままではどちらも不可能なのです。成熟社会の公教育のあり方とは一体何なのか、私たちはそろそろ真剣に考えなければなりません。

本書はそれを考えるための、貴重な資料といえるでしょう。教育関係者には、ぜひご一読いただきたい一冊です。

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