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2008年10月20日 (月)

あたらしい図鑑

「あたらしい図鑑」長薗安浩著(ゴブリン書房)

週刊文春に、5人の著名人が交替で書評を書く「私の読書日記」という人気コーナーがあります。以前ここで、俳優の山崎努さんが本書を紹介していました。具体的にどのような紹介文だったのか、恥ずかしながら忘れてしまったのですが、とても印象的な文章だったように思います。

山崎さんが絶賛する児童文学とはどんな作品なのでしょうか。早速購入し、一気に読み終えた今、とても幸せな気持ちになることができました。

あらすじをすべて紹介してしまうと興ざめですので、本書の冒頭部分をかいつまんでご紹介しましょう。老詩人と少年が出会い、「言葉」をきっかけに親しくなり、理解し合う、という物語です。

五十嵐純は、中学校一年の野球少年。身体は小さいが名選手だ。試合でねんざをして病院に行った際、老詩人の村田周平と出会う。彼は干からびたカエルやビー玉などをスクラップし「あたらしい図鑑」と名付けていた。「言葉にならないもやもやした気持ち」を記録しているのだ。そしてスケッチブックを手渡し、少年もそうした気持ちを張り付けてみよと言う。純には全く理解できなかったが、図書館で村田の詩に出会い、純の意識は大きく変化して行く。

詩人の村田と純の関係は、対等な友達です。だから村田は、純に時折質問はするものの、何かを教えたり説教したりはしません。純も村田に変な気は使いません。こうした関係にもかかわらず、いや、こうした関係だからこそ、純は、村田の影響を強く受けるようになります。言い換えれば、純は村田から多くを学ぶのです。
教えても学ばない中学生が少なくない中で、教えないと学び始めるというのは、どうにも皮肉なことのように感じます。しかし、こういうことは、実際にはよくあるのではないでしょうか。私たち大人は、中学生を前にすると、つい要らぬお世話をしてしまいます。しかしそれは、「子どものため」と言いながら、実は自己満足に過ぎなかったのではないかと考えさせられました。

 

村田の言葉や「図鑑」に刺激を受け、純は、言葉に対する関心をどんどん深めてゆきます。ついには、思いついたり出会った言葉は何でも、たとえば恋の悩みさえ、国語辞典で引くほどに。こうして語彙を獲得するうちに、いつしか純は深く思索する少年になっていました。そして期末試験の勉強をしているとき、こんな風に考えるのです。

何かを分かるためには、何がわからないかを知っていることが大切で、そのためには、わからないことをわからないと認める勇気、もしくは、度胸が必要なんだ。

純が、村田の言う「言葉にならないもやもやした気持ち」を理解した瞬間です。

著者の長薗さんは、リクルート社で編集の仕事をしていたそうです。「就職ジャーナル」編集長時代には、「就職氷河期」という流行語を生み出したことで流行語大賞特別造語賞を受けています。編集者から作家に転じる方は少なくありませんが、児童文学を書かれる方は、編集者時代にもそれに近い仕事をしているものです。けれども長薗さんは雑誌一筋だったにもかかわらず、これほど少年の気持ちをリアルに、すがすがしく描いていることに脱帽です。

本書では、少年と老人の関係を「友情」として描いている点が白眉です。誰にも等しく同じ時間が降り注いでいるのに、少年の場合はそれを「成長」といい、老人の場合は「老い」といいます。近頃はアンチエイジングなどといって、老いをネガティブにとらえすぎる傾向がありますが、純は、村田を何度も「かっこいい」と表現します。物語の終盤に、純は友達と一緒に村田さんを入浴させるシーンがあります。他の人がいくら勧めても入らなかったのに、満足げに入るのです。友達の言うことだから従ったのでしょう。ここは非常に印象的なシーンです。

生きることと死ぬこと、言葉を獲得することと表現すること。本書を読んでそんなことを考えさせられました。秋空のようにすがすがしい一冊です。私も村田老人のように、中学生に接したいと思いました。

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