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2008年11月 6日 (木)

公立小学校の挑戦

「公立小学校の挑戦 「力のある学校」とはなにか」志水宏吉著(岩波ブックレット)

先週このブログで紹介した「和田中」の学校改革では「エスノグラフィー」という調査手法が使われていました。本書も同様の手法で調査しています。調査対象となったのは、大阪府松原市立布忍(ぬのせ)小学校。著者の志水さんが、学校に張り付いて観察と関係者へのインタビューを行っています。

「和田中」とはまったく違うアプローチながら、学力向上という同じ果実を得ている、という点で、非常に面白いと思いました。

志水さんが布忍小学校を調査対象としたのは、別の研究で関西で学力調査をしていたときに、特異な学力傾向を示す2校のうちの1校だったからです。もう1校は、布忍小学校の子どもたちが進学する松原第三中学校。親の学歴と通塾率は、国語や算数の成績と正の相関関係があるのに、この2校だけは違ったと言います。志水さんが、布忍小学校の参与観察を行った動機は、まさにこの部分です。

では、布忍小学校とはどんな学校なのか、これまでどんな取り組みをしてきた学校なのか、本書の説明文を要約してみます。

布小は1873年開校の歴史ある学校。校区内に、かつては「更池(さらいけ)」と呼ばれた同和地区があった。1960年代は、生活環境の悪さや差別意識から、布小は非常に荒れていた。このため、校区内の子どもたちの多くが、隣接する学校に「越境」入学するという事態が生じていた。70年代には、「家庭学習運動」が展開され、家庭訪問を中心とした学習習慣を身につける指導が展開され、80年代には、子どもたちが親の自分史を聞き取る学習が始まり、生活習慣の改善など一定の成果を上げた。
しかしそれだけ努力を重ねても、中学校や高校でドロップアウトする子が少なくない。そこで90年代になると、習熟度別授業や教科担任制、情報教育など様々な授業改革の取り組みが実践されるようになった。

このように、布忍小学校の取り組みは、一朝一夕に始まったことではありません。しかし、ここで疑問に思うのは、先生の異動が毎年行われる公立学校において、このように継続的かつ統一的な教育改善活動が継続できるのだろうか、ということです。和田中のように、校長先生がリーダーシップを発揮すれば可能かも知れませんが、それとて数十年にわたる取り組みは不可能です。

このあたりについて、志水さんは、「布忍小学校の教育活動に学ぶ」という、本書のまとめの章でこのように書いています。

めざましい成果を生み出している「学力向上の取り組み」の秘密を知りたいと思って、私は布小でのフィールドワークをはじめた。いまだ、その全貌をつかんだとは言い難いのだが、すでに明白なことがある。それは「学力向上のプログラムは、決してそれだけの「単体」として存在しているわけではない」ということである。(中略)基礎学力の形成という「木」を見るためには、布忍小学校という「森」をまず捉えなければならない。

そしてこの「森」を構成するのが、布忍小学校の「教師集団のチームワーク」「集団作り」の活動だといいます。この二つは、どこの地域でも言い古されたことではあるでしょう。しかしその中身は、ちょっと違います。
まずチームワーク作りにおいて重要なのが、年度初めの合宿。4月の頭に全職員で意識あわせの合宿をするのだそうです。こういう学校は珍しいでしょう。また、指導の一貫性を保つために打合せの時間を十分に取っているのだそうです。家庭教育でも、母親と父親が同じ価値観を共有しなければならない、とよく言われますが、それを教師集団で行っているのです。
そしてこの意思統一の下に「集団作り」が行われています。他人に配慮のない発言や行動をしたとき、子どもたちは、先生から激しく叱責されるそうです。それはどの先生も同じでブレがありません。だから子どもたちは、安心して間違えられるし、何でも言えるのです。

これだけ手間のかかる教育が実践できているのは、先生方の努力はもちろんですし、布忍小学校の伝統の力もあるでしょう。しかし、最も大きいのは、同和教育担当という他地域には見られない加配教員がいることだと私は思いました。管理職でも担任でもなく、布小学校に十年近くも在籍する先生が、ハブとなることで、「森」のように有機的な教育システムを運営することが可能になっているのでしょう。本書では、「家庭学習運動」やTT、「学習会」の取り組みなどが紹介され、「森」の全体像がある程度明らかにされています。

和田中学校と布忍小学校の取り組みを連続して読んでみて、両校がまったく違うアプローチで「学力向上」を行っているにもかかわらず、キーポイントが同じであることに驚きます。
「よい教育には人手が必要」ということです。
和田中学校では「地域本部」という形で、地域ボランティアの導入をしていましたし、布忍小学校では同和担当の先生がいました。

今日本の教育に必要なのは、「教育改革」などといって、くるくると政策を変えることでも、先生の研修を増やすことでもありません。まず人数を確保することでしょう。本書を読んで、私は強く思いました。

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