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2008年11月20日 (木)

俳優になりたいあなたへ

「俳優になりたいあなたへ」鴻上尚史著(ちくまプリマー新書)

全国の中学校・高校では「職業指導」といって、職場体験をしたり、OBを招いたりして、職業に対する意識をもってもらうための授業がなされているそうです。かくいう私も、先日徳島県内の高校で、商品企画の仕事についてお話しさせていただきました。自分の仕事を説明するというのは、なかなか難しい作業です。

本書も、おそらくそうした目的で使ってもらうために企画されたのでしょう。これ以上普通でわかりやすい題名はありません。しかし、中身は普通ではありません。さすがは鴻上さん、なかなか魅力的な手法で「俳優になる方法」を説明しています。

本書の「登場人物」は、3名。青森県の八戸市で行われた、全国高校演劇コンクールからの帰路、審査員を務めていた鴻上さんの座席に、この大会に参加していた高校のユキちゃんとマサシ君がやってきます。「あの、ちょっとお話ししていいですか」。驚く鴻上さんに、ユキちゃんは「私たち、どうやったら俳優になれるか知りたいんです!」と質問します。
つまり本書は、新書ではあるものの、鴻上さんと高校生による物語仕立てで進むのです。

高校生の二人と鴻上さんのやりとりは、主に各章の冒頭と最終部分に描かれています。これは、その章で述べる内容の導入やまとめになっていると同時に、二人の性格がよくわかるような表現がなされています。たとえばこんな具合。

第二章 演技ってなんだろう?
 マサシ君はゆっくりと、ユキちゃんはガブガブとペットボトルのお茶を飲んだ後、同時に僕を見つめました。僕は、もう一度、ペットボトルに口を付けた後、話し始めました。
第三章 俳優の仕事ってなんだろう?
「あの、具体的に、俳優の仕事ってどうやるんですか?」
マサシ君が、少し大きな声で言いました。横のユキちゃんが、ちょっと驚いた顔でマサシ君を見ました。

俳優という仕事について語るには、演技のことはもちろん、メディアのことや活躍の場など広範囲の説明が必要です。一方で、たいていの俳優が低賃金であるこ とや、希望してもなかなかなれない仕事だということも説明しなければなりません。それらを筋道立てて説明することはもちろん可能でしょうけれど、それでは 小難しい話になってしまいそうです。「俳優の仕事について、物語仕立てで語る」という表現方法を採ったのは、この難しい中身を、より高校生に伝わるように考えたからでしょう。

とはいえ、読者と同じ視点に立ったキャラクターを設定するのは、有効な方法ではありますが、簡単なことではありません。キャラクターにリアリティがないと、逆に伝わらないからです。その点、本書には、まるで実話のようなリアリティがありました。これは、鴻上さんが、劇作家であり演出家でもあるので、可能なのでしょう。
実際、さわやかな青春小説のようでもありました。話の背景に新幹線が巧みに使われています。八戸→東京の東北新幹線車内で、最初たくましいユキちゃんに引きずられるようにやってきたマサシ君は、鴻上さんの説明を聞くことで、東京に着く頃には少したくましくなり、ユキちゃんからは、強引さが少なくなるのです。そして、東京で降りる鴻上さんに対して、東海道新幹線に乗り換える高校生たち。これは自立のメタファでしょう。誠に見事な演出と言わざるを得ません。

もし書物が、内容を過不足無く正確に記述するだけのものであったとしたら、こうしたレトリックは不要でしょう。しかし伝わらなければ、つまり読んで理解してもらえなければ、それは書物ではなく、単に製本された紙です。その意味で、「俳優を志す中高生に伝える」という目的を熟考し、このような表現を編み出した鴻上さんは、すばらしいと思いました。ねらいと手段が完全に一致しています。

職業指導のあり方、また表現手法の工夫について、非常に参考になった一冊でした。

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