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2008年12月 4日 (木)

「空気」の研究

「『空気』の研究」山本七平著(文春文庫)

このところ、「蟹工船」や「カラマーゾフの兄弟」などが売れているそうで、どこの書店でも文庫が平積みになっています。また、映画もリメークものがたくさん作られていますし、食品でも復刻版が人気です。「今のものがダメだから」という評論家もいますが、私は、今がそういう空気なのかなと思っています。昨年は、「KY」なんて言葉が新語・流行語大賞にエントリーされました。

「空気ってそんなに大事かなあ」と思っていたとき、本書の存在を知りました。本書は1977年(昭和52年)が初版です。どうやら空気は30年も前から支配的だったのかなと思って読み始めました。

ところが本書は、そんなに簡単な本ではありませんでした。そもそも私自身、著者の山本さんを知らなかったということが問題なのですが、読み終わった今も正直、5割くらいしか理解できなかったと思っています。宗教学、特にキリスト教についてある程度の知識を持っていないと、本書の主張は、本当には理解できないのかもしれません。それでもなお、紹介してみたいと思ったのは、本書で指摘されている「空気」は、30年以上経過した現在でも、依然として社会を支配していると思えたからです。

山本さんは、西南戦争で西郷軍が「悪」とされた経緯や、戦艦大和の出撃決定の経緯、イタイイタイ病の原因がカドミウムだとする説に固定化された経緯などを引き合いに出し、「空気」の存在とその力について述べています。ちょっと長いですが引用します。

一体、以上に記した「空気」とは何であろうか。それは非常に強固でほぼ絶対的な支配力を持つ「判断の基準」であり、それに抵抗する者を異端として「抗空気罪」で社会的に葬るほどの力を持つ超能力であることは明かである。(中略)では一体この「空気」は、どのようにして醸成され、どのように作用し、作用が終わればどのようにして跡形もなく消えてしまうのであろう。これを探求する一つの手掛りは、だれから何らかの意図のもとに、ある種の「空気」を意識的に醸成した場合である。(中略)この「人工空気醸成法」を調べていけば、「自然発生的空気」の成立過程も少しは分かるであろうと思われる。

この「人工空気」調査の方法として、1970年にアメリカで制定されたマスキー法の制定過程が検証されています。いわく、税収に悩む米国が、「健康に悪い窒素酸化物をまき散らす自動車は『悪』。だから課税する」という「人工空気」を作りだしたというのです。また、西南戦争の際の新聞による「西郷軍は悪の軍団」とする報道が醸成した「人工空気」にも触れながら、山本さんは、こうした善や悪の認識方法が、「空気」を作り出す原因の一つだと主張しています。つまり、窒素酸化物を作り出す自動車や、西郷軍を、単純に「悪」と規定すれば、その対立軸である「自動車に課税する政府」や「明治政府の官軍」は、「善」ということになり、考えが固定化されます。そうした硬直化した思考が支配の空気を生み出すというのです。

一方を善、一方を悪と規定すれば、その規定によって自己が拘束され、身動きできなくなる。さらに、マスコミ等でこの規定を拡大して全員を拘束すれば、それは支配と同じ結果になる。すなわち完全なる空気の支配になってしまうのである。

本書ではさらに、「水の研究」もなされています。「水を差す」の「水」です。よく酒場などで、夢を語っているとき、だれかが「そうはいっても金がねえよな」というと、一瞬にして場がしらけるという、その発言こそが「水」です。この例で分かる通り、「水」は、「空気」のブレーキ役を果たすのだけれど、ときにそれが働かなくなるのはどういうわけか、というのが「水の研究」です。

この「空気」と「水」の研究を通じて明らかにされていることは、私たち日本人は、対立軸の一方に身を寄せ、自己を一体化してしまうという性癖があるということです。だから、将軍様の時代から、明治天皇の時代になったとき、すぐに対応することができたし、戦争中黒板に「大和魂」と書いていた先生が、敗戦後「自由と民主」と突然書き出したとしても、あまり違和感を持たなかったといいます。
つまりたとえば、戦争中の人たちは、「天皇を信じている自分たちを信じていただけであり、天皇が本当に現人神であるなどとは、実は信じてはいなかった、というのです。だからこそ、戦後簡単に変わることができたのだと。絶対的なよりどころを信じる、ということが日本人のいわば宗教なので、その思考法自体は変更しにくいが、よりどころ自体は、簡単に置き換えることができるというのです。将軍→天皇→民主主義、と。

この指摘は、にわかには信じられなかったのですが、山本さんが、敗戦後、米軍の将校から進化論の講義をされたという話で納得しました。キリスト教原理主義の人たちが、いまだに人間が猿から進化したと認めないように、現人神を信じている日本人は、進化論を認めないだろう、と米軍将校は予想して、進化論を説いたのですが、山本さんは「そんなの日本人なら小学生でも知っている」と答えたのだそうです。この話は、私にとって、宗教と空気の違いを知るために非常に分かりやすい説明でした。

本来書籍紹介で中身について、これほど詳しく語ってはいけないのですが、今回は私自身の読み取りに自信がないので、詳しく書かせてもらいました。私の読み取りが間違っていたら、ぜひご指摘(コメント)をいただきたく存じます。
いずれにしても、いろいろ考えさせられる一冊でした。

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