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2009年3月30日 (月)

老いる準備

「老いる準備 介護することされること」上野千鶴子著(朝日文庫新刊)

まさか私が上野さんの書籍を紹介することになろうとは思いませんでした。フェミニズム運動をリードしてきた上野さんは、なんだか怖そうでしたし、異論を許さない雰囲気があったので、読んでも共感できないだろうなと思っていたからです。

それが少し前に教育テレビの番組で、ある芸術家の方と上野さんが対談しているのを見て、考えが変わりました。冷静で的確な判断をする方だなと思いましたし、語り口も穏やかで、それまで抱いていたイメージと全く違ったのです。そんなわけで本書を書店で見かけたとき、すぐに読んでみようと思いました。

一読して、本書はまさに今、私が読むべき本だったなと思いました。まもなく50歳を迎えようとする私には、老眼や白髪など肉体的な老いの兆候が顕在化しています。同時に、精神的にも自らの生き方や最期を考えるようになりました。誰もが迎える、この「老い」という現象。本書は、それを「介護」という切り口で説明し、今後のあるべき姿を提言しています。
本書の主張を象徴していて、かつ上野さんらしい一節となっているのが、1972年に刊行された「恍惚の人」(有吉佐和子著)を取り上げた部分です。同書の意味やねらいについて明確に書いています。

有吉さんのほんとうの意図は、高齢化社会を前にして、重い介護負担がこれからわたしたちにのしかかること、家族介護だけでは乗り切れないことを、今から30年以上も前、1970年代の初めに、警鐘を鳴らすところにあった。だからこそ、わたしは「恍惚の人」は、「老人文学」ではなく、「老人介護文学」だと主張してきたのである。刊行当時、(中略)意図とは全く異なる読み方をされた。多くの読者は、こうなったらかなわない、ボケる前にぽっくりいきたいという、ボケ恐怖をこれでもかと煽る作品として受け止めたのである。

この文章には、本書で繰り返し主張されている二つの重要な問題点が含まれています。

  1. 日本の介護は、主に主婦の手による「家族介護」が中心だったこと
  2. ボケたら生きる価値がないと考える人が多かったこと

私も本書を読むまでは、家族が家族の介護をするということに何の疑いも持っていませんでした。けれども「家族の考え方や社会制度が個を重視する新しい方向になっているのに、介護の時だけ『嫁』の概念が顕在化する。これが問題」という上野さんの主張を読んで、考えを新たにしました。これまでの介護は、主婦の忍耐の上に成り立っていたわけです。さらにこの忍耐の先には「介護していた人が亡くなると、急に弟たちが相続権を主張しトラブルになる」などの問題が待っている、と上野さんはいいます。このような、現代の家族が抱える闇の諸相が、第2章「介護と家族」で冷静に掘り起こされ分析されています。読んでいて気持ちのよいものではありませんが、重要な指摘です。

そして第3章「介護保険が社会を変える」では、介護保険がもたらした社会的変革とその意味について明らかにしています。それを端的に表したところを引用してみます。

介護保険は家族革命だった、とわたしは思っている。「革命」というのは非常に強い表現だが、天地がひっくり返るような変化のことをいう。なぜあえてそういう強い表現を使うかというと、介護保険で、家族観が変わったからである。「介護はもはや家族だけの責任ではない」という国民的合意ができたからこそ、介護保険は成り立った。これを介護の社会化という。

社会化されるということは、有償サービスとして価値化されるということ、と上野さんは言います。嫁の無償サービスだった時代と比べて革命的な変化であると。そして、そのサービスを担うのは、自治体でも企業でもボランティアでもなく、地域に根ざしたNPOなどの事業体であるべき、というのが上野さんの主張です。

「地域に根ざした」という場合の「地域」の意味や、「事業体」という意味については、本書で詳しく解説されていますので、ぜひお読みください。その上で、介護をする側もされる側も幸せな事業体のあり方、行政の支援のあり方などについて、非常に具体的に提言しています。学者が「具体的に提言」というのは、意外に思われるかもしれません。けれども上野さんは、神奈川や九州の地域生協と実際に関わって事業を進めた経験や、NPOや財団の経営について研究した経験をお持ちなので、その主張には説得力があります。ですから第4章「市民事業の可能性」は、まるごと介護政策の下敷きになるような内容でした。

「老いは誰にも来る」というのは頭では分かっても、なかなか実感できない人がほとんどでしょう。私もそうでした。けれども本書を読んで、いろんな面で考えさせられました。介護だけでなく、少子化対策についてもかなり具体的な提言があります。「解説」を書いている森さんが「本書は40歳以上の必読本」と書いていますが、同感です。さらに言えば、政治家や自治体の福祉担当者にもぜひお読みいただきたいと思いました。

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