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2009年3月26日 (木)

星新一 一〇〇一話をつくった人

「星新一1001話をつくった人」最相葉月著(新潮社)

星新一さんの作品は、教科書で何度も取り上げられているので、非常に多くの方が一度は読んだことがあるのではないでしょうか。星さんほど多くの人に名前を知られ、しかも作品も読まれている作家は希有な存在です。とはいえ、作品は有名であるものの、星さんの生涯は、あまり知られていません。

ノンフィクションライターの最相さんは、そんな星さんに注目し、その生涯を追いました。本書は、その膨大な取材活動が伺える、渾身の一作です。

本書は約2年前に購入したのですが、読み終えるのにずいぶん時間が経ってしまいました。それは572ページという分量もさることながら、これまで、あまり語られることの無かった星さんの生涯に向き合うには、なんとなく居住まいを正して読む必要があると考えていたからです。そして読み終えた今、その判断は正しかったと思いました。本書は、星新一という作家を描き出すことで、人の生き方や仕事について考えさせてくれます。

最相さんが、複雑化する先端科学について「科学と幸福」というテーマで執筆していたとき、書店で星さんの「ボッコちゃん」を偶然手にし、その中の一つを読み直して息をのんだそうです。そして「星新一の視点を手掛かりに、現代の『科学と幸福』を考えてみようと考えた」と語り、次のように続けます。

現代の先端科学に対して私たちが抱える違和感を見据えていきたいと思い書き上げたのが(中略)「あのころの未来 星新一の預言」である。(中略)このころから私の関心は科学の最新情報よりも星新一のショートショートに、ショートショートよりもその向こうにいる作家本人に傾いていった。(中略)短い一編の物語に流れる透徹した眼差し、明晰な科学的思考、ときに厭世的ともいえる世界観、どこか幼児的とも言える言葉遣い。星新一とは、いったいどういう人だったのだろうという疑問がわき上がってきた。

本書を読むまで、星さんが当時東証一部上場企業だった星製薬創業者の息子だったことを知りませんでした。父の急逝を受け図らずも社長に就任しますが、就任時すでに経営はかなり悪化しており、最終的に会社は清算することになります。しかし、清算は一筋縄ではいかず、金銭的にも人間関係的にも、後々まで禍根を残すことになるのです。このときの経験が、星さんの創作の原動力になるとともに、「ドライで余分な描写を一切排除した」星さんの文体を生んだのではないか、と最相さんは書いています。確かに、小説以上にどろどろした人間模様を若いときから見せつけられてきた星さんにとって、創作は逃避の意味もあったのでしょう。

しかし、そうした文体が徒となり、星さんの作品は直木賞候補とはなるものの、ついぞ大きな賞を取ることはありませんでした。また、中高生に絶大な人気を誇る一方で「子どもの読み物」というそしりを受けることも一再ならずあったようです。こうした悔しさが「1001話を書く」という目標を生むことにつながります。けれどもこれは非常に険しい道のりだったようです。このあたりの詳細はぜひ本書をお読みいただきたいですが、その苦吟する様子は、いしかわじゅんさんが漫画の時間で書いていたギャグ漫画家の苦悩に通じるなあと思いました。ずっと色物扱いで、不当に軽く扱われてきたこと、産みの苦しみを読者にも編集者にも理解してもらえないことなどです。

星さんの苦悩は、会社を巡る組織人や家族の人間模様と、文壇デビュー後の不当な評価の二つに集約されるでしょう。これが、レベルこそ違え、私たちにも十分共感できるものと感じられるのは、ひとえに最相さんの筆の力。緻密な取材のたまものです。

また、本書に登場する、たくさんの様々な人物にも心を奪われました。有名人だけでも、江戸川乱歩さん、筒井康隆さん、小松左京さん、手塚治虫さん、新井素子さん、タモリさんなどなど多士済々。彼らと星さんの関係は、初めて知ることがほとんどであり、驚きの連続でした。さらに、元編集者の私にとっては、各出版社の編集者と星さんの関係も非常に興味深く読むことができました。「作家」という天才と、凡人である編集者がどうつきあい、どう御するか、という点について、本書は多くの示唆を与えてくれます。

星さんの作品は、文庫だけでも3,000万部を超えたそうです。単純計算で、日本国民の4人に1人は購入していることになります。最相さんのおかげで、この偉大な作家の生き方や仕事について深く知ることができました。春は、人生と仕事についてじっくり考えるよい時期かも知れません。もし腰を据えて本を読む機会があれば、本書をお薦めいたします。

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