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2009年3月 9日 (月)

電脳日本語論

Dennno 「電脳日本語論」篠原一著(作品社)

本書は、ジャストシステム社の日本語入力ソフトATOK(エイトック)の開発、特にATOK監修委員会の設立と取り組みについて書かれた本です。私自身初めて知ることも多く、とても興味深く読めました。

もともと「月刊ASCII」という雑誌に連載されていた、という背景から、ATOKの技術的な部分を期待する方も多いかも知れません。しかし本書は、書名にあるように「日本語論」なのです。

ご存じの通り、コンピュータでは、直接日本語を記述することはできません。昔は「文字コード」と呼ばれる、いわば文字の番地を入力して文字を表示させていました。しかしこれでは大変不便です。そこで「コンピュータで簡便に日本語を入力する」という目的のために、たくさんのソフトが開発されました。ATOKもその一つだったのです。
本書は、篠原さんが行ったインタビューを中心に構成されています。対象は、監修委員のメンバーを中心にしながら、開発者、辞書チーム、ライターなど、ATOKにかかわる多くの人たち。本書の前半では、監修委員会ができるまでの経緯がインタビューによって明らかにされ、篠原さんの考察によって詳しく説明されています。

ハードウエアや記憶媒体の発達によって、いろいろな機能が盛り込めるようになると、各社とも変換できる語彙数を増やす。当時トップシェアだったATOKも同様だったが、「変換できる語彙の選定に問題がある」と批判するライターが現れ、それをきっかけにATOK監修委員会が生まれる。しかし、監修委員会というしかつめらしい名前とは裏腹に、様々な機能を備えたユニークな組織であった。

単なる日本語入力ソフトだったATOKが、やがて日本語の表記や揺れ、誤用や許容など内容的な部分に取り組まざるを得なくなった、というわけです。コンピュータと日本語について興味を持つ方なら、非常に興味深く読める中身ばかりなのですが、とりわけジャストスマイルをお使いの方には、ATOKスマイルの礎となった、「SHO1~6辞書」開発のエピソードは、ぜひお読みいただきたいと思います。それから辞書チームメンバーへのインタビューも注目です。初期のATOK辞書はどのように語彙選定されたのか、ということがよくわかります。このあたりは社員でも知らない者が多いはずです。

そしてなんといっても圧巻は、監修委員の座長を務めている紀田順一郎さんへのインタビューを中心に構成された最終章です。紀田さんは、博学の文藝評論家として有名な方ですが、学童期に経験した敗戦による国語表記の大転換を通じて、国語・国字問題に関心を持ち、漢字表記の変更に反感を覚えた、とおっしゃっています。この経験が、コンピュータの日本語表記のあり方に大きな影響を与えることになるのだから、運命のようなものを感じます。
篠原さんは、紀田さんへのインタビューを通じて、ATOK「辞書」という奇妙な存在について次のようにまとめています。

語義が載っているわけでもない変換辞書は、けれども社会と関わってゆく上で、みずからの立ち位置をはっきりとさせなければならない。ある地点で約束事の体型として時代気分の半歩先を提言して行かなければならない。しかし、語の意味を定義するというような弁解がきかず、ただ指示されたまま言葉を提示してしまうだけに、選定にはより慎重にならざるを得ない。(中略)ATOKは紀田という実に控えめな約束事のミクロコスモスをかかえ、変化しながら、前進しながら、確実に日本語に寄り添ってきたのである。

本書の刊行は、2003年。ここで紹介されている「辞書」の存在は、ケータイやコンピュータで日本語を書くことが多くなった今日において、さらに変化してきています。とはいえ、ここで提起している問題は、今日でも変わりません。私たちが日本語とどうつきあって行けば良いのか、ということについて示唆を与えてくれています。

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