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2009年4月 9日 (木)

進化生物学への道

「進化生物学への道 ドリトル先生から利己的遺伝子へ」長谷川眞理子著(岩波書店)

元来完璧な文系の私ですが、どうしたわけか生物学だけは昔から好きで、よく読んできました。以前にも「生物と無生物の間」という分子生物学の本をご紹介したかと思います。

本書は、著者の長谷川さんが、どのような道筋で進化生物学者になったか、ということを、出会った本をキーワードに明らかにした本です。しかも進化生物学という学問のさわりもわかります。非常に面白い本でした。

読み終わって気づいたのですが、本書は岩波書店の「グーテンベルグの森」というシリーズの一冊でした。このシリーズの解説文が、本書の特徴の一端をよく表しているので引用します。

感動する、面白い、役に立つ、考え込む、癒される、運命が決まる、新しい世界が見えてくる……。人は本と出会うことで心を強く揺さぶられ、それまでとは違う自分を見出します。書物が織りなす<グーテンベルグの森>とは、どこまで深く豊かなのでしょうか。さまざまな分野を代表する森の案内人が、魅力ある本とどのように出会い、自分がどのように変わっていったかを自在に語ります。

本書で長谷川さんが語っているのもまさにこのような内容です。小学校の頃に出会い、ぼろぼろになるまで何度も読み返した図鑑の話に始まり、「ドリトル先生航海記」「ソロモンの指輪」を読みふけったことが紹介されています。いずれも有名な児童文学なので、お読みになった方も多いでしょう。けれども、長谷川さんの場合は、入れ込み方が違います。今でもほとんどの中身をそらんじることができるほど、よく読んだのだそうです。

「まあ、子どもの頃からそれだけ好きだったら、生物学者になるよね」とお思いの方も多いでしょう。実際私も途中まではそう思っていました。ところが、大学に進み、念願叶ってアフリカに行った長谷川さんを待ち受けていたのは厳しい現実だったのです。

私のアフリカ生活は、私にとってとてつもなく重要な経験であったと同時に、実にさまざまなストレスをもたらした「悪い」経験でもあった。日本とタンザニア、先進国と途上国の違いと葛藤、日本文化とアフリカ文化の違い、また、日本政府の意向と私たち研究者の考えの違い、さらには研究者どうしの間での意見の相違……考えて解決すべきことと、考えても解決できないことのるつぼにあって、私は心底疲れ果てた。その中で、チンパンジーという人間以外の他者の存在をどう理解するか、これはもう、当時の私の能力を遥かに超えたものだったのである。

それでも長谷川さんは、アフリカに行く前から独学で勉強していた進化生物学に取り組んでいたことから、さまざまな紆余曲折を経て2006年に総合研究大学院大学に着任します。ようやく真の意味で「進化生物学者」となるわけです。

本書では、その紆余曲折の部分として、その後の考え方の転換に大きな影響を及ぼす「利己的遺伝子」という書籍との出会いや、ダーウィンの著書の翻訳に関わるようになった経緯が、多くのページを割いて語られています。もちろんその部分も興味深いものではあったのですが、私としては理系の研究者がいかにして研究者になるのか、ということが実感できたことが収穫でした。とりわけ、類人猿研究の人たちと絶縁するくだりは、しばしば「象牙の塔」などと揶揄される学会の一端をよく表していると思います。

そして何より心に残ったのが、長谷川さんの自己認識のスタンスです。「私は未熟だった」という表現が何度も使われています。それは過去の説明においても、すでに学会の泰斗となった現在の説明においても。これは決して謙遜ではなく、長谷川さんの本心なのでしょう。だから研究が継続できるのだと思います。

本の読み方、仕事の仕方、人生の生き方について非常に考えさせられた一冊でした。同時に、「グーテンベルグの森」というシリーズにも大変興味を持ちました。とてもよい企画だと思います。機会があれば同シリーズの他の本も読んでみようと思いました。

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