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2009年4月 2日 (木)

ルリユールおじさん

「ルリユールおじさん」いせひでこ作(理論社)

以前編集者をしていたときは、毎年数十冊の絵本を読んでいました。仕事上必要だったから、というのもありますが、当時は読書に心のゆとりがあったからかもしれません。「好きだから読む」「気に入ったから何度も読む」というようなことが、今ではほとんどなくなってしまったような気がします。

こんなことを思ったのは、先日本書に出会ったからです。久々に読んだ伊勢さんの本は、心に染みました。

伊勢さんは、絵本の時は「いせひでこ」という筆名を使われているようですが、読みやすさの観点から、ここでは「伊勢さん」と表記させていただきます。

伊勢さんのお名前は知らなくても、教科書の挿絵を良く描かれていたので、その絵をご覧になった方は非常に多いことでしょう。名前をご存じなくても、この絵を見れば思い出す方も多いと思います。伊勢さんの描く子どもは、生き生きとしてとにかく美しいのです。
子どもをリアルに美しく描くというのは、なかなか難しいことです。まず年齢によって頭と体の大きさの比が異なることを理解していないと、3歳児と小学生をリアルに描けません。さらに子どもには、特有のポーズがあります。「立つ」「走る」「座る」などの動作が大人とは異なるのです。伊勢さんはそうした子どもの特性を熟知した上で、さらに心情まで描き出すのですから本当にすごいなと思います。

とはいえ本書では、女の子が登場するものの、主にフランスの町並みや木々の美しさ、職人の仕事の美しさが中心に描かれています。「ルリユール」というのは、人の名前ではなく職業名です。本書の奥付に、執筆の動機ともいうべきあとがきがあります。

RELIEURは、ヨーロッパで印刷技術が発明され、本の出版が容易になってから発展した実用的な職業で、日本にはこの文化はない。(中略)出版業と製本業の兼業が、ながいこと法的に禁止されていたフランスだからこそ成長した製本、装丁の手仕事だが、IT化、機械化の時代に入り、パリでも60工程すべてを手仕事でできる製本職人はひとけたになった。
旅の途上の独りの絵描きを強く惹きつけたのは、「書物」という文化を未来に向けてつなげようとする、最後のアルチザン(手職人)の強烈な矜持と情熱だった。手仕事のひとつひとつをスケッチしたくて、パリにアパートを借り、何度も路地裏の工房に通った。そして気づかされる。
本は時代を超えてそのいのちが何度でもよみがえるのだと。

Te この文章を裏付けるように、本書にはルリユールの手作業が、左のように詳細に描かれています。小さな女の子の依頼で、書籍を修復するルリユール。その姿は職人と言うより、芸術家のようです。左の絵は、ルリユールが幼き日に父親から仕事を教えてもらったときのことを語るシーンです。伊勢さんの文章にあるように、そのごつごつとした手が、まるで書籍に命を吹き込んでいるかのように見えます。

多くの絵本がそうであるように、本書の文章は非常に短いので、ここではストーリーは詳しく紹介しません。もし本書をご覧になる機会があったら、ぜひ、イラストの構成の巧みさをご覧にKousei_2 なってください。女の子が本を修理してもらうために、ルリユールを探すシーンでは、なかなか出会えない二人が巧みに描かれています。見開きにそれぞれパリの町並みを描き、そこに女の子とルリユールをそれぞれ小さく描くことで、読者は「二人は出会えるのかな」と不安になります。
他にもルリユールの作業場でのシーンや、彼が少年時代を思い出すシーンは、何度見ても新しい発見があるほど、深みのある絵です。

春。学校では新しい教科書が配られます。その中には、きっと伊勢さんのイラストもあることでしょう。それらと比べながら、ぜひ本書も読んでいただきたいと思います。

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