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2009年6月18日 (木)

のぼうの城

「のぼうの城」和田竜著(小学館)

「ベストセラーは文庫になってから読む」というのが、なんとなく私のポリシーのようになっています。それゆえ本書も、気にはなっていたものの、「文庫になってから読もうかな」と思っていたのですが、先日ひょんなことから手にすることになりました。本作品の舞台である、埼玉県行田市の市役所に勤務する親戚からいただいたのです。
正直最初は「ベストセラーの舞台になると、はしゃいじゃうんだよなあ、地元は」なんて苦笑してしまいました。けれども、読み出したらあまりの面白さに止まりませんでした。

 

物語の舞台は「武州忍城(ぶしゅうおしじょう)」。時代は1500年代後半。豊臣秀吉の小田原攻めの際、小田原城の支城という位置づけだった忍城に石田三成が進軍する、というところから物語が始まります。

やってくる石田勢は、2万騎。守る忍城は、たったの1千騎。しかも当主である成田氏長は、同盟城主の役目として小田原城に籠城している。どう考えても勝てる戦ではない。氏長は、家臣と領民を守るため、北条氏に背き、裏で秀吉に投降する意志を伝える。血気盛んな家臣たちも不承不承その方針に従った。
やがて石田勢は、忍城に到着。三成は軍使に長束正家を指名する。弱いものには徹底的に強く出る男である。対する忍城側は城代嫡男の成田長親を立てる。
長親は、武芸はおろか、田植えの手伝いすらできない不器用者。それゆえ城下の百姓から「のぼう様」と呼ばれていた。「のぼう」とは「でくの坊」の略である。

物語の前半では、この長親がいかにできそこないの武士か、ということが、武芸の達人である家臣、丹波の視点で、一方、武士と農民の諍いを治めたり、田植えの手伝いをしたりする長親の姿が農民の視点で描かれます。このどうしようもなく、頼りない城代の嫡男を、武士たちは厄介者と感じていました。読者も「エライ人の息子ってのはこんな感じだよなあ」と納得させられます。

ところが、三成の軍使として忍城に乗り込んできた正家が、忍城の領民を愚弄する発言をしたとき、長親は、全員で決めたはずの「投降」という決定を、独りで勝手に覆してしまうのです。家臣も読者も「おいおい!」という気持ちにさせられます。しかし長親は本気でした。このときのセリフが印象的です。

強き者が強気を呼んで果てしなく強さを増していく一方で、弱き者は際限なく虐げられ、踏みつけにされ、一片の誇りを持つことも許されない。小才のきく者だけがくるくると回る頭でうまく立ち回り、人がましい顔で幅をきかす。ならば無能で、人が良く、愚直なだけが取り柄の者は、踏み台となったまま死ねというのか。「それが世の習いと申すなら、このわしは許さん」

力で人の誇りを踏みつけるな、という弱者の叫びです。この反乱の結果についてはぜひ本書をお読みください。もちろん最終的には、歴史が示す通り石田三成の軍勢は、忍城を陥落させます。しかしそのプロセスは非常に感動的です。長親が「のぼう様」と呼ばれていた本当の意味も分かります。
本書の最終場面、忍城の開城交渉に自ら出向いた三成は、その帰り道、まるで敗軍の将のようにつぶやくのです。

「この忍城の者どもは、士分も領民も一つになっておる」三成はそういうと、城を振り返った。「所詮は利で繋がった我らが勝てる相手ではなかったのさ」(中略)小田原の秀吉におもねり、秀吉が約束する利に何とかありつこうとする者どもの軍勢など、所詮は烏合の衆に過ぎなかったのではないか。

著者の和田さんが、この時代にこの物語を書きたかった中心はこのあたりにあるのだろうと思います。「損か得か」ばかりが判断基準となりがちな現代、誇りや思いやりに命を賭けても良いではないか──私は本書から、そんなメッセージを受け取りました。読んで元気の出る作品です。

私は行田市からほど近い、深谷市に生まれ育ったにもかかわらず、本書の下敷きになっている史実を全く知りませんでした。恥ずかしい限りです。それでも物語が展開する地域の地理的状況を知っていたおかげで、クライマックス場面は実感を伴って読めました。行田市役所が本書を薦める理由がよくわかりますhappy01。「歴史を学ぶ」ということの意味がよくわかる一冊でした。

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