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2009年6月11日 (木)

きみが選んだ「死刑のスイッチ」

「きみが選んだ『死刑のスイッチ』」森達也著(イースト・プレス)

先月から裁判員制度が始まりました。いや、「始まったそうです」というのが正直なところ。関連のドラマや情報番組がずいぶん作られ、書籍もたくさん出てはいるものの、これまで私は、「他国にも陪審員など、市民感覚を裁判に生かす仕組みはたくさんあるわけだから、いいことなんじゃないの」程度の認識しか持っていませんでした。

ところが先日、本書を書店で見かけ、立ち読みしたところ一気に引き込まれました。ティーンエイジャー向けのわかりやすい本だから、という以上に、問題のとらえ方・視点の設定が、がつんときたのです。裁判員の問題は、それだけを捉えるのではなく、「罪と罰」という古くて新しい問題についてきちんと考えなければいけない、ということに気づかされました。

このことを説明するために、著者の森さんは、本書のスタートを、学校の帰りの「反省会」のシーンに設定しています。「○○君は、今日□□しませんでした。よくないと思いま~す」という発言が交わされる、あの場面です。その「反省会」は、さながら裁判のように進みます。森さんは、裁判のモデルとしてこの話を展開し、次のようにまとめています。

たった40人くらいの集団でさえ、こんなにトラブルは起こる。しかも真実の追究は容易ではない。日本には1億人以上いるのだから、トラブルの数は数限りない。でも誰かがちゃんと真実を見つけなきゃいけない。それが裁判だ。

この話をきっかけに、えん罪や死刑、裁判員制度について説明がなされています。このように、中高生でも想像できるモデルを提示し、そこから各論に入る、という手法は、裁判というかなりなじみのない事柄を説明するにはとても有効だと思いました。実際私にとってもたいへん分かりやすかったです。

ところが、森さんは、このように分かりやすく説明する一方で「分かりやすさに気をつけろ」と言います。裁判員制度が導入され、裁判で交わされたり、証拠に記載されたりする言葉を分かりやすくしようという取り組みが始まっていることに対して、「分かりやすいのはよいことばかりではない」と言うのです。

「わかりやすい」ということは、「情報を整理している」ということだ。もちろん整理できるのならしたほうがいい。でもやりすぎるとよくない。大切なことが抜け落ちてしまうことがある。(中略)現実は単純でない。とても複雑で多面的だ。ひとつの情報ができあがるまでには、その過程でとてもたくさんの情報が、刈り込まれたり切り捨てられたりしていると考えて欲しい。

森さんは、本職はテレビディレクターなので記述もメディアよりです。専門的な法律の知識を持ち合わせない一般人が、警察や検察によって「わかりやすく」書かれた証拠を、本当に正確に吟味できるのか、と森さんは言います。このことは、私自身も総論では分かっているつもりですが、各論になると自信がありません。こういう人は少なくないのではないでしょうか。そんな人でも裁判員として選ばれたら、重大犯罪の判決に関わるというのは、確かにちょっとおかしいのではないか、という気持ちになります。

そして最後に死刑について。私はこれまで「死刑廃止も分かるけど、被害者の気持ちを考えたらやはりなくせないよな」と思っていました。最近の世論調査でも、日本人のおよそ8割が「死刑を廃止すべきでない」と考えているとのこと。以前は6割程度だったのに、1995年の地下鉄サリン事件を境に、国民の意識が大きく変化したのだそうです。そして今や日本は、街角の至る所に防犯カメラが存在し、駅や街角に「テロ警戒中」の幟が立つ国になった、と森さんは言います。

森さんの主張を読んで、死刑廃止論者となったわけではありませんが、こうした重要な問題を知りもしないし考えもしないという自分の姿勢を恥ずかしく思いました。なんとなく、ムードで考えたつもりになったしまう、ということのなんと多いことか。しかし、世の中が変わりつつあると言われる現代、そうした付和雷同型思考ではいけないのでしょう。森さんの著書は、以前にもご紹介しましたが、毎度がつんとやられた気持ちになります。こうした難解な問題を、中高生にも分かるように書ける筆力にも脱帽です。
そしてこうした企画を続ける、「よりみちパン!セ」というシリーズもすごいなあと思いました。今後も注目したいシリーズです。

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