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2009年7月23日 (木)

全国学力テスト

「全国学力テスト その功罪を問う」志水宏吉著(岩波ブックレット)

全国学力テストについては、結果の公表のみが話題となり、肝心の中身の議論がなされていないなあと、常々思っていました。結局テストを始める前に、その必要性として「子どもたちの学力が低下している」「地域間学力差が広がっている」といったことが論じられていたはずです。けれどもこれらは、検証されたのかされなかったのか、あまり報じられていないのではないでしょうか。

本書は、この学力テストについて、戦後我が国で行われたテストや英国で実施されているテストと比較しながら様々な検証を行った本です。
まず第1章では「いつか来た道」と題して、1956年に実施された学力調査について分析しています。このテストについて私は、以前ご紹介した苅谷さんの本で知りましたが、本書を読んで認識を改めさせられることがずいぶんありました。そのうちの一つをご紹介しましょう。

実施された全国調査は、今日的な観点からすれば以下のような特徴を有していた。
第一に、小中学校だけではなく、高校までもが調査対象となっていたこと。
第二に、「国語・数学」だけではなく、「社会科・理科」や「音楽・図工・家庭科」等、多様な教科が対象となっていること。
第三に、「抽出校」のほかに、自発的に参加する「希望校」を募ること。

いかがでしょうか。少なくとも私が抱いていたイメージと真逆のテストでした。そしてさらに驚くのが、約10年継続された学力調査が終了した理由です。志水さんは「これについては、日教組の『学テ闘争』を最大の原因として指摘することが一般的である」と書いています。この調査は、苅谷さんの書籍にもある通り、学習環境の地域間格差解消のための教育予算傾斜配分の基礎資料として使われました。一方、当時の池田内閣の「所得倍増計画」を背景に、労働人材の育成、という目的もあったようです。これが、「子どもたちを企業の歯車にするな」という反感につながったのでしょう。実際全国で何人も逮捕者の出る、激烈な闘争だったようです。

Gakuryoku それから約50年の時を経て実施された、2007年と2008年の全国学力テストについて分析したのが第2章です。まずよく報道されている地域間格差について、注目すべき事例を取り上げています。これを左の図にまとめてみましたが、ご覧の通りいわゆる都市部の落ち込みが激しいのです。この原因について、教師の怠慢や組合のせいにする政治家もいましたが、志水さんは「家庭・地域の安定性ではないか」と述べています。つまり都市部では、地域や家庭の安定性が急激に失われており、学習環境の基盤が築けていないというわけです。しかも平均点の差は、64年と比較して08年では大幅に小さくなっています。少なくと順位については、政治家が思いつきで述べていることに正当性はなさそうです。

第3章では、英国の「ナショナル・テスト」について述べています。ここでは、次のような解説が印象的でした。

筆者の目にも、現在のイングランドは「テストにとりつかれた」社会であるように見受けられる。個々の地域、個々の学校、個々の児童生徒に対する達成目標が事細かに設定され、テストによってそれが測定される。その結果に基づいて、信賞必罰的な処遇が下される。(中略)「数値によって裁かれる」せちがらい雰囲気が蔓延する場となってしまっている。

企業でも「利益第一主義」「成果目標・成果主義」といった経営手法が重んじられ、採り入れられていますが、反面日本企業の良さが失われていると指摘する識者もいます。志水さんが紹介する、イングランドの様子は、日本の教育界の近未来を表しているような気がしてなりませんでした。

そして最終章では、学力テストはどうあるべきか、について具体的な提言を行っています。たとえば一部の知事が強硬に求めている、結果の公表はすべきか、という問題についても明確です。詳しくはぜひ本書をお読み下さい。

本書は、考察もさることながら、資料的価値も高い本です。その上全部で72ページと非常にコンパクトにまとまっていますから、教育関係者、特に管理職や行政担当の方にはぜひ一読いただきたいと思いました。教育は素人がものを言いやすい分野です。こうした本で、理論武装されることを切に願います。

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