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2009年7月20日 (月)

差別と日本人

「差別と日本人」野中広務・辛淑玉著(角川Oneテーマ21)

本書は書店で偶然目にしました。正直私は、政治家としての野中さんは嫌いでしたし、テレビで見る辛さんにも、エキセントリックな発言を繰り返す人、というイメージしか持っていませんでした。本書をなぜ手に取ろうとしたのか、いまでもわかりません。
けれども、野中さんが書いている「まえがき」の冒頭部分を読んで、一気に引き入れられてしまいました。

私は(中略)一人の小さな政治家としてさまざまな問題に取り組んできたが、力を入れてきたテーマの一つが差別問題である。それは私が政治家を志すきっかけと関係している。
私は大阪鉄道管理局で、戦後も仕事を続けていた。上司にも恵まれ、人並み以上に昇進したのだが、それが同僚の嫉妬を買うことになる。ある日、壁一枚隔てた部屋からこんなやりとりが耳に入ってきた。
「野中さんは大阪におったら飛ぶ鳥を落とす勢いだけど、地元に帰ったら部落の人だ」私は耳を疑った。その声の主は、私が手厚く面倒を見た後輩だったのだ。そんな人間に裏切られるとは…。私は茫然自失の状態となり、四日間ほど、のたうち回った。

かなり長い引用で申し訳ございませんでした。けれども13ページにも及ぶこの前書きは、元政治家だけあって、本当に読ませる内容です。この「目をかけていた後輩に裏切られる」というエピソードは、本文中にもう一度出てきます。野中さんにとって人生を決めた出来事であり、かつ、差別の本質を表したエピソードだからでしょう。

もし、みなさんが野中さんの立場だったらその後どうしますか。今の私だったら、その後輩を苦々しく思いながらも何事もなかったかのように仕事を続けるでしょう。もっと若い頃なら、取っ組み合いの喧嘩をしていたかもしれません。けれども当時25歳の野中さんは違いました。「もっと、差別されないほど立派な人になればよいのだ」と考えて、政治家を志すのです。しかも慰留する上司に「後輩を罰すれば、『野中は部落だ、と言ったから罰せられたのだ』となり、さらなる差別を生みます」といって断ります。このあまりにも前向きで崇高な姿勢に、私はしびれました。人間としての度量が違います。同時に、これまでの自分の不明を恥じました。

本書は、基本的に辛さんが野中さんにインタビューするという形で展開しています。辛さんは、人材育成のコンサルタントをしながら、自らを「朝鮮人」と称し、民族差別と闘ってきた人です。政治的には、政府与党と対立する立場にあったわけですから、野中さんが現役のときは実現しなかった対談かもしれません。対談の経緯は、本書に詳しくは書かれていませんが、本書で辛さんが明らかにしたかったことについては、次のように語られています。

野中氏に関して出されたいくつかの書籍は、彼がどれほどひどい差別を受けたかについて記すことはあっても、彼がどんな思いでそれを受け止めてきたかは書いていない。(中略)この世代の男性は、一般的に言って自分の人生で起こった事実については語れても、その時に感じた心情の深い部分や心の内面のひだを表現することは下手だ。というより、そういうことは生理的にできないのだと思う。そんな「野中広務」さんの言葉に、「在日」である私がそれをどのようにうけとめたかという私自身の言葉も付け加えながら、彼の言葉の背景に横たわるこの社会の深くて暗い荒野を旅してみたいと思った。

本書において、この辛さんの思いが達成されたかどうかは微妙です。正直言って章立ては必ずしも内容を統括していませんし、文章も冗長で大げさな表現が多く、課題が多いと思います。けれども、二人の思いが呼応している部分が確かにあり、これは非常に読み応えがありました。特に最終章「これからの政治と差別」の後半部分で、家族について語っている部分は、差別による悲劇の本質を示すところでもあり、重要です。実際野中さんも、「あとがき」にて、「どうしてあんなことまで話してしまったのだろう」と書いています。

事実の重み、当事者であることの強さ、そんなことを考えた一冊でした。

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