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2009年8月13日 (木)

リンゴが教えてくれたこと

「リンゴが教えてくれたこと」木村秋則著(日経プレミアシリーズ)

本書は、私がとても尊敬する先生からご紹介いただきました。「今まで読んだ、どの教育書より良かったよ」ということで。早速書店で手に取ったのですが、帯には「感動の声続々」なんて書いてあります。「自己啓発本? 大丈夫かなあこの本…」
しかし、私のいやな予感は、見事に外れ、読み始めてみるみる引き込まれてしまいました。第3章は涙で読めなくなってしまったほどです。

表紙でお分かりの通り、木村さんは、リンゴ農家の方です。リンゴ栽培で有名な津軽の方。本書では木村さんのリンゴ作りと農業に対する考え方が述べられています。その考え方はただ一つ

無農薬・無肥料栽培でこそ農作物は元気で健康に育つ

ということです。木村さんが無農薬に取り組んだのは、自らの農薬使用体験がスタートなのだそうです。リンゴというのは、実に多くの農薬を使うのですが、ご自身はもち ろん、奥さんが健康被害に遭ってしまったことから無農薬のリンゴ作りを模索し始めます。1979年頃のことのことです。

ところが、全く前例のないリンゴ作りですから、参考書や資料は全く ありません。リンゴの木は、毎年害虫や病気に見舞われて花を付けることなく葉を落としてしまうのです。それが1年2年と続き、最初は黙ってみていた近所の農家が「害虫が増える」「病気がうつる」などといって、苦情を言うようになります。それでも木村さんは強い信念で4年、5年と続けるのですが、1個たりとも実はなりませんでした。とうとう6年目になると、親戚からも「あいつはバカだから口を利くな」とまで言われるようになります。努力しても工夫しても結果のでない日々。おまけにリンゴは採れないわけですから、当然無収入です。この6年目の夏、木村さんはある決意をします。

私はリンゴ箱を軽トラックに積む時に押さえるロープを出していました。収穫ゼロで、もう6年使っていませんでした。これぐらいでいいかと一束のロープから3メートルばかりを切り取りました。そして山道を登り、カヤをかき分けて奥深く入っていきました。
死んでお詫びをしようと思ったのです。(中略)明るい満月でした。弘前の夜景が眼下にまたたいて、きれいな夜でした。

これは、本当に死のうと思った人にしか書けない文章でしょう。自殺の道具が、もう6年も使ってない出荷用のロープ…。死にに来たというのに、自然や街の美しさに心奪われるという皮肉。なんともうまい文章ですが、それだけに、心に迫り来るものがありました。

けれどもこの死の覚悟が木村さんに新たな道を示します。首をくくるためのロープを木に掛けようとして失敗し、拾い上げた時見上げたドングリの木が、木村さんにはリンゴの木に見えました。虫の被害もなく、見事な枝を張り、葉を茂らせた木でした。「農薬を使っていないのに、なぜこれほど葉をつけるのか。なぜ虫や病気が葉を食い尽くさないのか。」木村さんは死ぬことを忘れ、翌日明るくなってからその木を確かめにやってきます。

なんとも言えない土の匂いでした。バクテリアや菌がしっかり生きている匂いです。これが答えでした。(中略)それまで木の上のことしか見ていませんでした。雑草を刈り、葉の状態ばかりが気になって、根の部分は全くおろそかにしていました。雑草は敵だとずっと思い込んでいました。まさにコペルニクス的転回と言っていいかもしれません。(中略)
私は死に損ねたわけですが、死ぬ気持ちでいかないと自然は答えを教えてくれませんでした。自然は残酷だと思いましたが、こうして生きて自然栽培のリンゴにたどりつくことができました。

「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、まさに「葉を見て根を見ず」という状態だったというわけです。これは言われてみれば、「なるほど」ですが、農家の常識からすれば雑草を生やしたままにすることなど言語道断です。実際、木村さんが自然栽培に成功するには、この「答え」を見出してから、さらに3年を要しています。

木村さんが自然栽培のリンゴ作りに成功し、さらに稲や他の農作物にもこの農法を応用していく過程はぜひ本書をお読み下さい。私が本書でもっとも感動したのは、木村さんの五感を使った観察力とその観察結果を説明する文章力です。これはテクニックの問題ではなく、それだけ対象をよく見て感じているからでしょう。さらには、農業日誌等で、毎日こまめに文章を書いていたのではないでしょうか。

本書を紹介してくれた先生は、本書を「すばらしい教育書」とおっしゃいました。読み終えた今、私もそう思います。

  • 正しいと信じた道を、文字通り死ぬ気で突き進むこと
  • 対象をとにかくよく見て先入観を持たぬこと
  • 良いことは惜しまず人に教えること

私はこんなことを教わりました。

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