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2009年8月17日 (月)

ニッポンの算數

「ニッポンの算數 幻の尋常小学校教科書の問題」入子祐三・柳瀬修・津村靖著(東洋館出版社)

本書は1931年~1934年まで尋常小学校で使われた、算術の教科書を紹介した本です。当時の本に、現代の算数教育の専門家が解説を加えています。
当時は義務教育年限が6年であり、しかも国定教科書ですから、現在の教科書と単純比較することはできません。とはいうものの、読み進めていくと、今との違いに驚かされてばかりでした。

まず基本的に知っておかなければならないのは、当時は、義務教育を終えるとすぐに働く人がほとんどだったということです。ですから教科書も、そうした「即戦力」育成に注力したものとなっています。内容は大きく「比例」と「歩合」に分かれていて、それぞれ実業に即した出題となっているのが特徴です。「比例」の冒頭は「比」という単元で、次の問題から始まっています。

(1)次ノ関係ヲ答エヨ
  one 12ハ4ノ何倍カ
  two 4ハ12ノ何分ノ何カ
  three 10ハ6ノ何倍カ
(2)次ノ比ヲ書ケ
  one 11ノ8ニ対スル比
  two 35対100ノ比
  three 9ト7.5ノ比

これが冒頭?と思うほどハイレベルなことと、数式処理ではなく、文章問題になっているところが印象的でした。文章から立式する、という習慣が身に付けば本質が理解しやすい、という意図なのでしょうか。冒頭がこれですから、ほどなく次のような比例の問題となります。

  • 女工ガ反物ヲ7日デ3反織ルト15反織ルニ幾日カカルカ.
  • 荷車5台デ30回ニ運ベル荷物ヲ7台デ運ブト何回デ運ブコトガデキルカ.
  • 甲乙2人ノ会社員ガアル.ガ10月間ニ得ル給料ト乙ガ半年間ニ得ル給料ト相等シイ.甲ノ月給ガ120円デアルト乙ノ月給ハ幾ラデアルカ.
  • 亜鉛65瓦ニ稀硫酸ヲカケルト水素ガ2瓦トレル.156瓦ノ亜鉛カラ水素ガ幾瓦トレルカ.

これが小学校の問題?と思いませんか。文語の表記はさておき、この問題が解ける小学生が現在どれほどいるでしょう。いや、中学生でもあやしいかもしれません。私自身、恥ずかしながら「グラム」を「瓦」と表記することを、本書で初めて知りました。
「比例」の冒頭でこんな具合ですから、当然最後の応用問題はかなり高度です。

  • 12月25日カラ翌年ノ4月3日マデハ幾日アルカ.平年トシテ計算セヨ.
  • 上下2冊ノ或書物5部ノ代ガ5円50銭デ上ハ下ヨリモ1冊ニツキ10千安イ.上下各1冊ノ代価ハ幾ラカ.
  • 或仕事ヲ甲乙2人デシタラ3日間ニソノ半分出来タ.其ノ後ヲ甲1人デ5日間ニ仕上ゲタ.甲1人デ此ノ仕事ヲスルト幾日カカルカ.又乙1人デスルト幾日カカルカ.

なんだか、有名中学の入試問題のようですよね。けれどもこれは国定教科書。すべての国民が取り組んだわけです。読み始めた時は、「こんなに難しい問題、みんなできたの?」「当時の子どもは大変だったなあ(苦笑)」と思いました。しかし通読してみて、その難度ばかりに目を向けるのは間違いだと思うようになりました。
まずは教科書作成者の意志です。「社会に出たらこういう問題に直面するのだよ」というメッセージと「こういう子どもを育てたい」という意志を感じました。難しさのオンパレードではあるものの、難易度設定は結構緻密に行われています。
次に子どもたちの側の意識です。「一刻も早く給金をもらって、両親に孝行する」という価値観が強かった当時、学ぶ意欲は相当あったのではないでしょうか。不孝者にはなりたくない一心で取り組んだ子もいたかもしれません。まさに本書に示された問題こそ「生きる力」だったのだろうと思います。
単なる算数の問題からそこまで読み取るのは、私の妄想かも知れません。けれども、学ぶ意味がぐらついてきている今、80年ほど前の教科書に学びの原点を探る、というのも案外悪くないのではないかと思います。

本書の著者の一人である入子さんは、本書の注目点として次の4つを挙げています。

  1. 教授に当たっての注意事項に注目
  2. 問題の配列に注目
  3. 発問のうまさに注目
  4. 指導の明確な指示と徹底に注目

温故知新などと申します。こうした昔の資料から、現在の算数の指導を見直してみるというのはいかがでしょうか。

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