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2009年10月 8日 (木)

JR山手線の謎

「ぐるり一周34.5キロ JR山手線の謎」松本典久著(実業之日本社)

山手線が命名されてから100年を迎えるのを記念して、当時の国鉄車両を模した「復刻調ラッピング電車」が走っています。いわゆる「茶色い山手線」です。私も見かけました。とはいえ正直、チョコレートの宣伝カーにしか見えませんでしたがcoldsweats01

それはさておき、このニュースに接したとき「命名百年とは?」と不思議に思いました。「開業じゃないの?」「それまでは名前がなかったの?」と次々疑問が浮かびます。そんなとき書店で本書に出会いました。

本書は、以前ご紹介した県境の謎と同じ出版社による、同様の企画のようです。山手線にかかわるエピソードが簡潔に多数記載されています。鉄道ファンの方には自明のことばかりなのかもしれませんが、私には驚きの連続でした。

冒頭では「命名百年」というエピソードの意味が説明されています。山手線という名称には、運転系統とYamate しての側面と、線路名称としての二面があり、線路名称上の山手線は、品川~田端間なのだとか。左図の通りほかは、東海道線と東北線です。
「じゃあ、品川~田端間ができてから100年なの?」というのは早合点。この区間、当時の名称は「豊島線」で、品川~東京間は「品川線」と呼ばれていたのだそうです。「この両線を合わせて”山手線”と呼ぼう」と決まったのが1909年の10月12日。ちょうど100年前ですね。
で、ちょっと驚くのが、この名称決定当時でも、まだ上野~東京間は結ばれていなかったということ。ぐるりと一周つながるのは1925年なのだそうです。それでも今から80年以上前には、首都の環状線が完成しているのですから、明治の人の先見性には驚かされます。

このように本書には、まず山手線を中心にした日本の鉄道の歴史とウンチクが掲載されています。文章だけでなく、図表もたくさんあってわかりやすいです。たとえば、新橋と品川がつながった1872年から現在までの山手線の変遷が詳しく載っています。
あとは鉄道が、当時の住民から忌み嫌われていた、という話が随所にあって、興味深かったです。たとえば、新橋~品川間は、線路敷設に反対する住民のため、やむなく一部で海を埋め立てて線路が引かれたとのこと。目黒駅が目黒区にないことや、品川駅が品川区にないことは、もはやかなり有名な事実ですが、それも元はと言えば住民の反対だったそうです。東京だけでなく、日本のあちこちで同じような話がありますから、当時の鉄道の立場がよくわかるエピソードです。

もう一つ、本書には、山手線各駅のウンチクが掲載されています。これがまた非常に面白かったです。「へぇ!」と思ったことをざっと挙げますと

  • 高田馬場駅開業当時、高田馬場という地名はなかった
  • 駅間の距離が最も短いのは、日暮里と西日暮里の間
  • 西日暮里は、山手線で最も若い駅(開業1971年)
  • 鶯谷駅は、駅名の由来がわからない
  • 新橋駅は、いまの汐留にあった

といったところです。これらの詳しい説明は、ぜひ本書をお読みください。

明治から現代にかけての歴史は、私自身、どうも学校で習った経験がありません。他の人も同様ではないでしょうか。理由はいろいろあるのでしょうけれど、たとえば本書のように鉄道をキーワードに歴史を調べたら、興味が持てるのではないかと思いました。

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