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2009年12月 9日 (水)

喪中はがきに思う

Motyuそろそろ年賀状作成を真剣に考えなければ、という季節になりました。先月末から、喪中欠礼のはがきが何通も届いています。そういう年齢になったのだなと実感するこの頃です。

ところで、このはがき、あくまで儀礼的なものですから、文面にあまりこだわるべきではないのでしょうけれど、私には気になって仕方がない表現があります。それは

喪中につき年末年始のご挨拶はご遠慮申し上げます

というもの。この表現が圧倒的に多いと言うことは、これに対して何の違和感も感じない人が多いのでしょう。けれどもよく考えてみると、この文は、かなり失礼な文章ではないかと思うのです。
通常街で見かける「ご遠慮申し上げます」の用法には、だいたい次のようなものがあります。

  • 乗車中の喫煙はご遠慮申し上げます
  • 当店で両替はご遠慮申し上げます
  • 車庫前につき、駐車ご遠慮申し上げます

これらはいずれも「~しないでください」「~していただくと困ります」という意味に取るのが普通でしょう。「なるべくしないでね」ということよりも、かなり強い調子で拒否していると受け取れます。この前提から、改めて「喪中につき年末年始のご挨拶はご遠慮申し上げます」の意味を考えてみると

喪中なので、年末年始のあいさつを送らないでください

ということになるはずです。つまり「送ってくるなよ。送ってきたらいやだよ」という意味でしょう。一見丁寧な口上ではありますが、伝えている内容はかなり失礼ですよね。相手に命令しているわけですから。これぞ慇懃無礼の最たるものでしょう。
ですから、喪中欠礼の口上としては

喪中につき年末年始のご挨拶を失礼させていただきます

というのが適切なのではないでしょうか。「遠慮」が相手の行為を禁止していたのに対して、「失礼」は、自分の行為を指していますので、これならば

本来なら年末年始のご挨拶をお送りすべき所ですが、喪中のため、お送りしない失礼をお許しください。

M というニュアンスになります。「させていただく」という表現に、若干の議論の余地があるとは思いますが。

重箱の隅をつつくような意見で恐縮ですが、喪中はがきが届くたびに、こんなことを毎年感じております。

2012年追記:関連記事を教職ネットマガジンに書きました。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

まったく同感を私も持っておりました。
「おめでとうって言うなよ」ではなく、「おめでとうって言われても私からは言えないので悪しからず」です。
だから、「年賀状よこさないでね」ではなく「年賀状いただいてもこちらからは出せません」のエクスキューズなのです。
私は「欠礼いたします」として、ちょうど本年そういう事情で出したところでした。

投稿: 0.1tons | 2009年12月10日 (木) 17時31分

0.1tonsさん、コメントありがとうございました。
今年は喪中でしたか。ご愁傷様です。
この件に限らず、世の中ちょっと変な敬語がはびこっている気がしますね。言葉の揺れにはずいぶん許容範囲が広くなってきてはいるのですが、この件だけはどうしても気になったのでありました。

投稿: むらちゃん | 2009年12月10日 (木) 21時16分

批判で済みません。
本来の遠慮には、辞退するという意味もあります。
喪中はがきの例文集でも
「新年のご挨拶を申し上げるべきところ
 喪中につきご遠慮申し上げます」
というのがあります。遠慮しているのは差出人ではないでしょうか。

相手に対しての拒否を丁寧っぽく言うのは「ご遠慮ください」が正しくて、むしろ「駐車ご遠慮申し上げます」の方が誤用のように思います。
「ご遠慮申し上げる」は言った側の辞退
「ご遠慮ください」は相手への辞退のお願い
そう考える方がすっきりします。
どうでしょうか。

と言いながら、私も喪中で、「失礼させていただきます」で出させていただきました。

投稿: 副部長K | 2009年12月11日 (金) 20時32分

副部長Kさん、コメントありがとうございました。
なるほど、そういう受け取り方もありますね。
駐車場の表現も確かに誤用かも知れません。けれど、そういう使われ方が存在するのは事実ですし、コンビニやスーパーで見かける
「当店で両替はご遠慮申し上げます」は
「当店で両替はご遠慮ください」
よりは、数多く使われているのではないでしょうか。
そもそも、「遠慮」とは、相手もしくは第三者の行為を指すのではないでしょうか。
「まあ、遠慮なさらずに」
「鈴木は、遠慮がちに述べた」
となれば、
>> 遠慮しているのは差出人では
という考え方は成り立たないように思うのであります。

投稿: むらちゃん | 2009年12月11日 (金) 23時34分

すみません、訂正です。
「今回は遠慮させて下さい」
など、自分の行為を指す場合もありますね。だとすると、
「遠慮+申し上げる」
のセットがまずいのではないでしょうか。
「年末年始のご挨拶を遠慮させていただく失礼をお許しください。」
であれば何の違和感もございません。
「遠慮+申し上げる」
は、中間にもともと存在したお詫びニュアンスを省略しちゃった形なんじゃないでしょうか。

投稿: むらちゃん | 2009年12月11日 (金) 23時42分

しつこくてすみません。

「申し上げる」は、「「お」や「御(ご)」の付いた自分の行為を表す体言に付けて、その行為の対象を敬う。」とあります。やはり、遠慮は自分の行為なのではないでしょうか。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E7%94%B3%E3%81%97%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%82%8B&dtype=0&dname=0na&stype=1&pagenum=1&index=21226918189000

「お詫び申し上げる」など、ほとんどが自分の行為であり、相手の行為に対して「申し上げる」というのは、思いつきません。
ですから、「新年のご挨拶を申し上げるべきところ 喪中につきご遠慮申し上げます」
のような例文は、特に問題ないと思います。

確かに「両替はご遠慮申し上げます」のような使い方は多く見られますが、ほとんどが誤用だと思っております。「1000円からお預かりします」みたいなものなのではないでしょうか。

まあ、誤用も多くなるとそれが正しくなってしまうのも言葉の一面なんですが。

編集という職業柄、ちょっと拘るところもありますが、実際は著者の顔色を見ながらスルーということが多くあります。
(最近「~たり」を繰り返さない人は多いですね)
あっ。一太郎の文書校正は助かっております。有り難うございます。

投稿: 副部長K | 2009年12月12日 (土) 17時46分

副部長Kさん、だんだん理屈っぽくて面白くなってきました(笑)。いま、文法の本を読んでいるので特に。

さて、「申し上げる」に行為を謙譲的に表すことがあることは否定しませんが、そもそも「遠慮」にも謙譲的意味合いがあり、それが重なることで、合成の誤謬と申しましょうか、不適切なニュアンスになるのだと思います。

>> 新年のご挨拶を申し上げるべきところ 喪中につきご遠慮申し上げます
の表現は、問題なしとおっしゃいますが、前半の「申し上げる」が、「言う」の謙譲語であるのに対して、後半のそれが「する」の謙譲語になっているという点で、正しいかどうかを言う以前に文章として適切ではありません。

私がここで言いたかったことは、正しいかどうかというよりも、「ちゃんと考えて言葉を選んで欲しい」ということなのです。誤用だからといってお店の表記を変えさせるなんてできませんよね。絶対的に正しい日本語なんて、ないのですから。

実はこのコラム、2年前に私が某所で書いた原稿とほぼ同じです。当時の喪中はがきは、ほぼ「遠慮」一本槍でした。それが今年あたりは「失礼」がかなり増えてきたことから、「ご遠慮申し上げます」に違和感を持つ人が増えてきているのかなと感じた次第です。

投稿: むらちゃん | 2009年12月12日 (土) 19時23分

 憂慮すべきは、この葉書が「年賀状よこさないでネ通知」だと、出すほうも受け取るほうも考えがちになって
きていることだと、私は思います。我が家で「亭主のぼやき」も、何年か前に妻がそのように言ったことから始まったことでした。「出しちゃいけないわけじゃないよ、先様からは来ないだけで。もっとも、そういうことならと出すのを控えるのはかまわないけど」と。
 実際、喪中欠礼を承知でもこちらからの賀詞自体は咎められる筋合いではないのですが、前述のように思って出している御仁からは「よこさないでって言ってるのに失礼な」と叱られそうです。
「ご遠慮・・・」は「よこさないでくれ」発想からの言い方だとやはり思われます。元来この挨拶状は、「欠礼葉書」というものだったはずです。

投稿: 0.1tons | 2009年12月14日 (月) 11時17分

0.1tonsさん、なるほど、このはがきが、年賀状を出すことを拒否しているのかどうか、という本質的な問題もあったのですね。私はてっきり出すのを「遠慮」すべきものだと思っていましたが、考えてみれば「ぼくは出さないけど許してね」というはがきだから、出す方の勝手だという考え方も成り立ちます。ううむ、なかなか奥が深いぞこの問題。

投稿: むらちゃん | 2009年12月14日 (月) 11時43分

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