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2009年12月16日 (水)

煩悩の文法

「煩悩の文法──体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話」定延利之:著(ちくま新書)

今年、日本認知科学会にて定延さんの講演を聴く機会がありました。タイトルは「コミュニケーションと言語における「体験」」。正直このタイトルでは、まったくわけが分からず、積極的に聴きたいという気持ちは起こりませんでした。けれども、実際には非常に興味深い講演でした。「体験」という視点を入れると、うまく説明できるコミュニケーションがあるというのです。

学会の帰り道、講演の司会者が紹介していた本書を、即座に購入しました。定延さんの言う「体験」がよりよく理解できるとともに、コミュニケーションについての新たな視点を獲得することができました。

文法の解説に「体験」と言われても、理解できませんよね。私もそうでした。講演の中でも、本書でも、頻繁に示されている例文を元に説明してみたいと思います。

  • one四色ボールペン、北京ありますよ
  • two四色ボールペン、北京ありましたよ
  • three木なら、庭ありましたよ
  • four木なら、庭ありましたよ

onetwoの文は、同じ事を述べているようですが、どうもちょっと違います。定延さんは、「oneの文は、北京に四色ボールペンがあるという事実を知っている人なら誰でも発することができるのに対し、twoの文は、北京で直接見かけたなどの「体験談」としてしか発することができない」と解説しています。つまり、話者の体験の有無が表現に影響する、「体験の文法」が存在しているというわけです。
次にthreefourの文はいかがでしょうか。明らかにthreeは不自然です。けれども文の構造は、onefourtwothreeは、まったく同じです。twoは成立するのに、なぜthreeが成立しないのでしょうか。この理由については「twoは、面白いことを語っているのに対し、threeは面白くない。体験の文法は、それなりに面白い体験を語る時にだけ許された文法なのである」と解説されています。

語る内容が面白いかどうか、と「文法」は、どうにも結びつきませんよね。実際、これまでの文法研究には全くなかった視点なのだそうです。けれども、本書で紹介されている言葉の諸相は、確かに「体験」という概念を導入しないと説明できないように思われました。さらにその「体験」が「面白いかどうか」が重要であろうと言うことも。
考えてみれば、言葉というのは事実や内容だけでなく、気持ちを伝えるのも重要な役割です。だとすれば、「体験の有無や面白さ」が言葉の使い方に影響する、という考え方は、至極自然なことのように思いました。定延さんは、「自己への執着」をキーワードに、次のように説明しています。

私たちの文法の中に、単純に単語列の出現頻度だけでは割り切れない部分があるとすれば、それは私たちの「自分はこれこれのような者として振る舞いたい」あるいは「自分はこれこれのような者として振る舞いたくない」といった、自分に執着するきもちと密接に関わっている。このようなきもちを、この本では「煩悩」と呼んでいる。(中略)「体験談を聞いて欲しい」というきもちも、「自分は体験談の語り手として振る舞いたい」「自分の体験を皆に聞いてほしい」といった自分への執着の反映であり、煩悩に他ならない。

本書を読んで、定延さんの言う「煩悩」が、如実に表れるのがネットの世界の書き込みなのではないかと思いました。これまで、話し言葉にただよっていただけの「煩悩」が、ネットが一般化したことで、文字列として書き留められるようになり、顕在化し、軋轢を生んでいる、と考えるのは、言い過ぎでしょうか。
いずれにしても、本書の主張は、私にとって非常に示唆に富んだものでした。言葉に関わるお仕事をされている方には、ぜひ一読いただきたい本です。

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