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2010年1月11日 (月)

風に舞いあがるビニールシート

「風に舞いあがるビニールシート」森絵都:著(文春文庫)

以前にもご紹介しましたが「ベストセラーは文庫化されてから買う」というのが、私の読書ポリシーになっています。自分の「読みたい」という気持ちが本物かどうか確認できますし、巻末に解説が付いているのもちょっとお得な気がするからです。

本書も文庫化されるのをずっと待っていたつもりだったのですが、実は昨年4月、既に刊行されていました。

作者の森絵都さんは、児童文学の世界ではすでに有名人だったため、本書が、直木賞を受賞したことは話題となりました。デビューから、名だたる新人賞を総なめにした上に、「DIVE!」など、子どもたちに大人気のシリーズを書くなど、すでに十分な実績をお持ちの「ベテラン」だったからです。

この結果だけを見ると、「大成功」とお感じになるかも知れません。けれどもこれは、ビジネス的に考えれば、かなりリスキーなことです。一般文芸という「市場」は、最も競争の激しい分野である上に、もし芽が出なかったとしたら、児童文学で得た名声も失うことになってしまうでしょう。にもかかわらず森さんを新たな挑戦に駆り立てたのは、一体何だったのかなと思います。

本書は、表題作を含め6つの話から成る短編集。登場する人物の設定や性格、おかれている状況は、バラエティに富んでいます。タイトルとその概要をご紹介しましょう。

  • 器を探して気分屋の有名パティシエに振り回され、恋人とギクシャクしながらも秘書としての仕事に打ち込む女性の選択
  • 犬の散歩犬の里親捜しのボランティアにのめり込むうち、その活動費を稼ぐためスナックでアルバイトをする主婦が得たもの
  • 守護神ホテルのアルバイトと夜間大学の両立で苦しむ男子大学生と、レポート請負人として伝説化している女子大生の交流
  • 鐘の音仏像を愛するあまり、仏師になれず仏像修復師も辞することになり、家具職人と成った男が晩年に知り得た真実
  • ジェネレーションX雑誌広告の商品への苦情処理を任された中年編集者と広告主の若手社員による、謝罪先を往復する車中での交流
  • 風に舞いあがるビニールシート高給をなげうってUNHCRに転じた女性が気づいた幸せの形と、それによって下した決断

どれも「こうした設定をよく考えられるなあ」と思わずにはいられないほど、ユニークな設定です。それでも読み進めるうちに、そのユニークな世界へ、自然に入って行くことができました。それは、作品中の会話文の巧みさによるところが大きいのではないかと思います。会話にリアリティがあるのです。「犬の散歩」における嫁姑のやりとり、「鐘の音」における関西弁、「ジェネレーションX」におけるヤングサラリーマンの携帯での口ぶり、表題作における国際公務員のエリート風で翻訳調の会話──どれもまったく違う個性であるにもかかわらず、それぞれ説得力があるのです。それからタイトルの付け方も見事だなあと思いました。表題作は、詩的なタイトルである上に「ビニールシート」が物語のキーワードになっていて秀逸です。

物語に対して、ことさらにテーマ性を求めるのは無粋なこととは思います。それでも私には、この6編の作品のキーワードが、いずれも「人生の決断」「人生で大切なこと」であるように感じました。本書は、森さんが一般文芸に転向して間もない時期に書かれたようです。そう考えると、これはまさに、リスクを承知で大海に漕ぎ出した、森さんの人生のキーワードだったのではないかと思えてきます。

だれしも多かれ少なかれ、新しい挑戦を胸に抱く新年。その出発にふさわしい一冊だと思いました。

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コメント

はじめまして。
TBさせていただきました。
最近森絵都さんにはまりつつあります。
そのうまさと味わい深さに脱帽中。
この作品を、リスクという観点からみるというのは
なるほどと思いました。
軽々と乗り越えた、というところでしょうか。

投稿: 時折 | 2010年1月13日 (水) 07時58分

時折さん、コメントありがとうございました。またこちらからもTBさせていただきました。時折さんのブログも魅力的ですね。

さて、白状すると、私も「器を探して」を読み終わった時は、正直失敗したと思いました。けれども犬の散歩、守護神と続くうちに、作者の取材能力と構成力に舌を巻いた次第です。

投稿: むらちゃん | 2010年1月13日 (水) 08時54分

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