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2010年2月26日 (金)

6年前の手紙

Kando

先日パソコンのメールボックスを整理していたとき、6年前にある小学校の6年生に宛てて送ったメールを発見しました。担任の先生から依頼されて書いた、子どもたちへのメッセージです。

きっかけは、そのクラスの総合的な学習の時間を見学させてもらったこと。「私の未来予想図を描こう」という単元名で行われたその活動は、自分がなりたい将来像をプレゼンシートにまとめ、みんなの前で発表するというものでした。
一人一人が、自分の夢について熱心に語り、それを真剣に聞く友だち。真剣に聞くからこそ出される鋭い質問。互いに認め合う雰囲気に満ちた、卒業を飾るにふさわしい授業でした。この授業が行われたのが6年前の今日なのです。

先生から依頼され、一晩かけて考えて、次のようなメッセージを書きました。(固有名詞については改変または削除しています)

T小学校 6年4組の皆さんへ

卒業おめでとう! 2月の終わりに教室へおじゃましたむらちゃんです。
N君の発表にもあったとおり、ぼくは、8年前まで教科書を作っている会社にいたので、いままでずいぶんたくさんの授業を見てきました。それぞれいいところがたくさんあったけど、この間の君たちの発表には、本当に感動しました。

授業って言うのは、確かに先生がやるものだけど、先生だけじゃできないよね。あたりまえだけど、君たち生徒がいて、はじめて成り立つものです。それも、ただ「いるだけ」じゃ意味がない、積極的に参加していないとね。

その点みなさんは、本当に真剣に考えて発表していたと思います。そのことがよく伝わってきました。
「ボランティア活動がやりたい」
「人の役に立ちたい」
「動物を大切にしたい」
なんて希望は、どこの小学校でも聞くことだけど、みなさんの発表には、ばつぐんの説得力がありました。それはみんなが、実際に体を動かして体験したり、そうした仕事に関わっている大人と直接ふれあったりしたからだよね。そして何より大切なことは、そこで見聞きしたことをふまえて、自分の頭で考えたこと。本に書かれていることを借りてきただけなら、あれだけの説得力はなかったでしょう。すごいね。

発表だけではありません。聞く態度がすばらしかったです。みんなの発表に対して、みんなが真剣に聞いていたよ。だから質問がたくさん出たよね。しかも鋭い質問。でも、みんなよく考えて発表しているから、みんなきちんと答えられました。
化粧品の動物実験の話なんか、詳しく調べていたと感心しました。それから「図書の先生が困っていることは、期限までに本を返さない人がいることです」なんて発表があったとき「あちゃー」なんて耳を押さえていた友だちがいた。すばらしいよね、自分の問題として、友だちの発表が聞けるなんて。

最近は成人式で、大人の話が聞けなくて騒ぐ人たちや、授業参観で授業も見ないでおしゃべりしているお母さんが問題になっているけど、聞く力がおとろえている大人が、本当に多いんだよ。だけど、人間は考えを表すとき、文章に書くよりも、話すことの方がだんぜん多いんだ。なぜなら話す方が早いし簡単だからね。
携帯電話がこれだけ普及しているのも、そういうことだと思う。

だから、君たちが大人になるころ、聞く力というのは、いまよりもっともっと大切になっているはず。これは、どんな仕事をするにしても大切な力です。けれど、身につけるのは本当にたいへん。ぼくもいつも苦労しています。つまり、話したり聞いたりする力を身につけるのには、終わりがないってこと。

みなさんはこの4月から中学生になります。なんだか大人になるような気がするよね。だけど、中学生になるから大人になるんじゃないよ。小学生の自分より、もっと深く、もっと真剣に考えられるから大人になるんだ。つまり今日より明日はちょっとでも前進していよう、と考えないと大人にはなれないってこと。
年齢ばかりいっていても、脳みそは小学生以下、っていう大人をよく見るだろ。
あれと同じ。

ぼくは小学生のころ、自分は自然に大人になるって思っていました。「21世紀には」なんてことがよく言われていたので、「21世紀には40歳なんだ」なんて考えていて、きっとすばらしい大人になっていると確信さえ持っていた。けれど自分が大人になってみて、それは間違いだってことがわかったよ。努力したり苦労したりした分だけしか大人になれないんだ。だから、ぼく自身、毎日大人になるための努力をしている。報われないことが多いけど(笑)。
だけどちょっと変な気がするだろ、「大人が大人になるために」なんて。でも年齢が多いってことは、それだけでは何の価値もない。どれだけ有意義な経験を持ち、深く考えられるかってことだけが大人の価値だからね。

中国語で「大人」って書いたら、「ターレン」つまり「優れた人」ってことだそうだ(中国から来た友だちに聞いてみよう)。「おとな」っていう日本語にだれが「大人」っていう漢字を当てたのか知らないけれど、その人はきっと中国語の意味も知っていたのじゃないかな。
だからよく「何歳からが大人ですか」なんて質問があるけど、ナンセンスだよね。
大人かどうかは自分自身が決めることだ。

みなさんが勉強してきたことは、言ってみればすべて大人になるための練習。だけど、6年4組の勉強は、けっこうきつい練習だったんじゃないかな。だからときどき、考えることから逃げたくなったことや、いいかげんにまとめちゃおうかなぁ、なんて考えたりしたことはないかい? たぶんあるよね。でも最後には、みんなは、きちんと発表できた。発表を聞けた。これはすばらしいことだ。

これから中学生になり、年齢を重ねていく中で、やっぱり逃げ出したいことが出てくると思う。ぼくなんか今でもしょっちゅうだ(笑)。だけど、そんなときは今回の「未来予想図」の授業を思い出して欲しい。自分だけじゃなく、友だちの予想図も。きっと答えが見えてくるのじゃないだろうか。

長くなったけど、これがぼくからのお祝いのメッセージ。ありがとう。

2004年3月9日

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