« 次世代製品の話題 | トップページ | 解説に感動 »

2010年2月 8日 (月)

日本の教師に伝えたいこと

「日本の教師に伝えたいこと」大村はま:著(ちくま学芸文庫)

白状しますと、本書は購入してから数年、ほったらかしにしていました。文庫化されたタイミングで、ある方から「これは名著だよ」と言われて購入してみたものの、教師でない私が、もっと正確に言えば教師になるのに挫折した私が、読むべき本とは思えなかったのです。

しかし今回読んでみて、自分の不明を恥じました。私がこれまで読んできた教育書の中でも間違いなくナンバーワンと言えるでしょう。いや、もしかすると「教育書」というカテゴリーも当てはまらないかもしれません。誤解を恐れずに言えば、本書は、教師という職業を入口に、「働くこととは」「コミュニケーションとは」について語った本ではないでしょうか。

まず、「働く」と言うことに関して、冒頭の「いきいきとした教室とは」というコラムで、がつんとやられました。後半部分を要約してみます。

教師の仕事は怖いもので、持ち合わせの力でやっていても、やさしく、あたたかな気持ちで接していれば、結構、いい教師でいられるものです。子どもとも、保護者や同僚とも。けれども私は、安易に流れず、人を育てるほんとうの仕事を見つめ、畏れながら、力を尽くしたいと思います。授業の際は、何事かを加えて教室へ向かい、何事かを加えられて教室を出たいと思っています。

大村さんの、仕事への取り組み姿勢について書かれた文章です。このうち「あり合わせの力でやれてしまう」「本質を見つめ、畏れながら力を尽くす」「日々何らかの前進をする」といった部分は、世の中のすべての職業についても当てはまります。毎日の業務に流され、些末なことに戸惑い、謙虚さのかけらもなく、努力もしない私は、本当に何をやっているのだろうと思いました。

この言葉に力があるのは、評論家の言葉ではなく現場の実践者の言葉だからでしょう。つまり自ら行っている人の言葉です。大村さんの教材研究や授業準備については、つとに有名なところですが、本書にもそれが垣間見えるところがあります。それは「アイヌ、その意味は『人間』」という単元に取り組んだときの経緯です。教材研究とはこのようにやるのだな、と感心する一方で、この取り組み姿勢も、やはり働き方として普遍性があるなと思いました。業務上調査する必要が生じることは、多くの職業で存在します。仕事として調べるわけですから、大村さん並の迫力と緻密さで調べなければならないのだと実感しました。

つぎに「コミュニケーション」について。これは、本書の中では授業の心構えとして語られているのですが、よく読むと、これはコミュニケーション論なのです。本書の中で、何度も何度も言及されている「言いたくないことば」について、要約引用してみます。

まず「なになにしなさい」ということばをやめることです。教師がこうなったらいいと願っていることを、「なさい」ということばをつけて子どもに言う、これは専門職の教師としては、たいへん、みっともない気がします。そう安易に言わないで、自然に子どもにさせてしまう人、そういう人が教育の専門家らしい人だと思います。

これは、先生ばかりか、親として上司として耳の痛い話です。これまで私は、親として何度空疎な「なさい」を口にしてきたことか。それにしても、「なさい」なしで授業が成立するというのは本当にすごいことだと思いました。「専門職の教師としてみっともない」という表現に、大村さんのプロとしての矜持を感じます。

次に「真実のことばを育てる」で、話し合いの本質についてとても印象的な説明がありました。やはりこれも要約引用します。

ある子の意見に「いいです」という子がいます。言われた子も「いいと言われてうれしかった」などと感想を述べるのですが、さほど感動しているようには見えません。自分の心を見極めたり、つきつめたりせずに口にする癖が付いているのです。真実のことばを育てるためには、一対一で真剣に話す「対話」が必要です。対話によって、本心の本心を言うというのは、どんな味わいのものなのかを経験させることができます。そういう授業がなかなかできず、苦労しましたが、単元学習を通じて行うことができました。

ここで示されている、うわべのコミュニケーションというのは、なにも教室空間に限ったことではありません。真実のことばは、社会全体で必要とされながらも、なかなか表出されないものです。大村さんは「対話」を通じて、それを引き出すと言います。「問答」ではなく「対話」を実現させるためには、日ごろの観察が必要なのだとも。小手先や一夜漬けの対応では、真実の言葉は引き出せない、ということのようです。大村さんの仕事に対する真摯な姿勢、努力の姿が痛いほど伝わってきました。

本書は他にも紹介したい言葉が山ほどありました。私は本を読むとき、気になったか所のページの肩を折るようにしているのですが、本書はあまりにも折りすぎて本が閉じられないようになってしまったほどです。冒頭にも書きました通り、本書はビジネス書としても十分通用するなあと思いました。

最近はビジネス書でも教育書でも、「○分でできる」とか「~の仕方、○つの鉄則」といった、いわゆるお手軽本、ハウツー本が目立ちます。しかし、処理や手順の方法を受け取っても実際に使えるでしょうか。
本書にも、「身をもって教える」「比較せずに聞く」など、教授法に関わる具体的な指摘がたくさんありますが、それらは必ず指導上の背景とともに説明されています。オールマイティな方法などないのです。おそらく教授哲学を持ちなさい、ということなのでしょう。
こうしたことを伝えるのに、「講演会の文字起こし」という本書の形式は適切だなと思いました。数回の講演をまとめていることもあり、内容の重複があるのですが、そのおかげで、大村さんの考えがよく理解できたように思います。まとめたり、整理したりしないからこそ伝わるということがあるのだなと実感しました。

本当に、良い本を読ませていただきました。ありがとうございました。

|

« 次世代製品の話題 | トップページ | 解説に感動 »

教育書」カテゴリの記事

コメント

 初めまして。『教育の窓・ある退職校長の想い』ブログのtoshiと申します。
 このたび、拙ブログの読者の方から、貴ブログ本記事の紹介をいただきまして、大変心打たれたものですから、記事にまとめてみました。
 TBもさせていただきました。
 どうぞ、よろしくお願いします。

投稿: toshi | 2010年4月 5日 (月) 10時52分

toshiさん、コメントありがとうございました。プロの方からご評価いただけたことを素直に嬉しく思います。私の方からもTBさせていただきました。

投稿: むらちゃん | 2010年4月 5日 (月) 11時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29188/47428627

この記事へのトラックバック一覧です: 日本の教師に伝えたいこと:

» 教室での『〜しなさい。』は? [教育の窓・ある退職校長の想い]
 前記事に、ドラゴンさんより、すてきなコメントをいただいた。3番である。  そのコメントからしみじみ考えさせられたことがあるので、2回にわたって記事にさせていただこうと思う。  その1回目は、大村はま先生の著作『日本の教師に伝えたいこと』から引用され....... [続きを読む]

受信: 2010年4月 5日 (月) 10時45分

« 次世代製品の話題 | トップページ | 解説に感動 »