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2010年3月31日 (水)

雑誌記事から顧客理解を考えた

Siru

週刊文春の人気コラムに、作家である中村うさぎさんの「さすらいの女王」というコーナーがあります。先週と今週の2週にわたって、ある雑誌記事に関する編集部とのやりとりが紹介されていました。中村さんと、担当編集者の認識がかみ合わない、というのが趣旨です。

元編集者であり、商品企画をしている私は、この記事を読んでとても考えさせられました。

記事の趣旨は以下の通り。

小説現代という雑誌から依頼されたエッセイで、書き出しを「二年半前に閉経した」と書いたところ、編集部から「表現がショッキングなので修正してほしい」依頼があった。「閉経して女でなくなった」などと書いたらショックを受ける読者はいるだろう。しかし、閉経という事実を書いているだけなのに書き直せとは納得できない。しかもテーマは更年期である。編集部は、読者が誤解するというけれど、偏見を持っているのは、実は編集部自身なのではないか。

「読者は○○だ」とか「視聴者は○○だ」というのは、メディアの方がよく口にしますし、我々メーカーの人間も「顧客は○○だ」とよく言います。けれど、これだけ変化している世の中にあって、読者や顧客だけが一様の感性や行動様式であると考えるのは、無理があるでしょう。それはみんな分かっているのですが、顧客を層としてとらえないと、量産型の商品はできません。商品企画の仕事は、動的な顧客を層としてとらえなければならない矛盾を抱えているのです。

これを解決するために、最近は商品企画に時間軸の概念を採り入れるところが増えています。つまり、「今ところ」という時間を区切って層を設定するわけです。一気に売り切って増産しない、という商品や「期間限定」商品は、こういう考え方で開発されています。

雑誌という商品は、毎度売り切りを目指すという意味では、そうした最新型のマーケティングが適用されるべき商品のはずですが、一方で「定期購読者」という「静的顧客」が存在するために、往々にして旧来型の発想で作られがちです。安定顧客に支えられたワープロソフトと同じ構造ですね(笑)。
中村さんと編集者の齟齬は、「閉経」の取り扱いではなく、こうした顧客認識の違いにあるのではないかと思いました。中村さんは「今の読者」に届けたい考え、編集者は「従来の読者」を大事にしたいと考えているのです。

長期間に及ぶ週刊文春の連載の中で、中村さんは一貫して人間の欲望を書いてきました。ブランドにのめりこみ、ホストクラブ通いにはまって浪費を繰り返したこと、それで税金が払えなくなり、家財道具を差し押さえられたこと、美容整形手術を行ったことや風俗嬢として働いたことなど、こんなことよく書けるなあというものばかりです。けれども中村さんは、こうした出来事とその時の意識や感情を文章にすることで、「今の読者」をかなりはっきりと把握できたのだと思います。具体的に言えば、「どこまでの表現ならOKなのか」という認識です。実際、風俗嬢のくだりについては、後日「やりすぎだった」と述懐しています。

このように、「顧客の今を把握する」というのは、かなり難しい作業です。リスクを伴います。失敗しないと分からない部分もあるでしょう。小説現代の編集者は、そういうところも分かった上で、中村さんに依頼したのかなあと思いました。同時に、私自身のマーケティングは、果たして今を切り取れているだろうかと考えました。答えはまだ出ていません。

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