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2010年3月26日 (金)

「抽象化」という考え方

Chusho

日経ビジネス最新号(2010.03.22号)の巻末に掲載されたコラム「直言極言」を読んで考えさせられました。
筆者は、以前もご紹介したまつもとゆきひろ氏。「トヨタが見落とした『抽象化』」と題して、今回のプリウス問題についてソフトウエア開発者の立場で論じています。この視点は、単にもの作りということだけではなく、仕事全般に必要な視点ではないかと思いました。

「抽象化」という言葉の意味について、まつもとさんは、次のように書いています。

一連の複雑な作業を隠し、より簡単な操作の置き換える。これが抽象化の意味だ。プリウスの場合は、油圧ブレーキと回生ブレーキの組み合わせを抽象化して、従来の油圧ブレーキのみの場合と同等の操作感を提供しようとしていたわけだ。

つまり、複雑な仕事を単純に提供するインターフェースのことを抽象化と言うようです。プリウスでは、内部的に2種類のブレーキを持っているのですが、それを「抽象化」して、従来のブレーキと同じような操作感を提供しようとしていた、とのこと。これは実現できれば素晴らしいことですが、なかなか難しいことのようで、まつもとさんは、次のように続けます。

しかし、完璧な抽象化は非常に困難で、時として抽象化によってユーザーに与えようとしていた「心理モデル」が破れてしまうことがある。これは「抽象化の漏れ」と呼ばれ、ソフトの世界では昔から知られている問題だ。

努力したけど報われない──作る側にとってはなんとも切ない話です。抽象化とその漏れというのは、確かにあるなあと思いました。

先日スパーカップというカップ麺に使われている「3Dめん」の秘密をテレビで見ました。従来通り3分で戻せるのに、太さとコシがある麺なのです。しかしこのように、努力がうまくいった場合はむしろ希で、コカコーラやキリンラガーなど、さらに味を良くしようと変更したら、ぱたりと売れなくなってしまったという例は枚挙にいとまがありません。

学校の授業もそうでしょう。昔授業と言えば、先生が生徒に知識を伝授する「講義型授業」を意味していました。しかし現在では、生徒に問題意識を持たせ、それを解決するという授業スタイルが主流になっています。このとき先生は、生徒があたかも自分で問題意識を獲得したように見せなければなりません。これはかなり高度な抽象化です。

世の中が複雑化するに伴って、仕事における抽象化は避けて通れないことなのでしょう。まつもとさんは、次のような言葉でコラムを締めくくっています。非常に考えさせられるコラムでした。

抽象化は未来のクルマのために避けられない道である。トヨタの技術者は今回のリコールに萎縮せず、困難な道に立ち向かってもらいたい。我々ユーザーも文句を言うばかりでなく、抽象化とその漏れについて、もっと理解する必要があるだろう。

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Nothing's gonna stop us. 私達を止めるものは何も無い。("愛は止まらない" by Starship) 生徒「また、難しそうなタイトルですね。」 先生「しかし、世界の潮流となっているのじゃよ。英語では、"abstraction"じゃな。」 生徒「うーん、そう言われても・・・。抽象化ってどう... [続きを読む]

受信: 2011年2月23日 (水) 23時49分

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