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2010年3月 1日 (月)

ミラクル三年、柿八年

「ミラクル三年、柿八年」かんべむさし:著(小学館)

社会人になりたての頃、かんべさんの作品はよく読みました。当時編集途中だった中学校の教科書の「目玉作家」の一人だったからです。「車掌の本分」と題されたその作品は、正直先生方には不人気でしたが、生徒たちからは好評価だったのではないでしょうか。私の周りの30代は、かなりの確率でこの作品を覚えていますから。

そのかんべさんが、長編の書き下ろし、しかも文庫で出されたと聞き、早速購入しました。

本書をご紹介する前に、まず「BOOK」データベースにある本書の「内容」をご紹介しましょう。

二〇〇五年一月、作家「かんべむさし」は一通のメールを受け取る。AMラジオ早朝ワイド番組のパーソナリティを、月曜から金曜までの毎日担当しないか、という依頼だ。しかも裏番組は二つとも三十年続く大物の人気番組。作家活動との両立は可能なのか、作家的な発想と思考を、朝のワイド番組でどう生かすのか。スタッフたちとの試行錯誤の日々が始まった。そして作家は、活字人間と電波人間の気質の違いを痛感しつつ、刺激に満ちたラジオの仕事に熱中する…。ユーモラスで軽妙な会話と柔軟で緻密な思考が、爽やかな朝の空気の中でざわめく、意欲的書き下ろし長編。

かんべさんが担当したのは「朝はミラクル!」という、2005年4月~2008年6月に放送された大阪のラジオ番組。つまり本書の内容は実話です。今回はカテゴリーを「ノンフィクション」とさせていただきました。かんべさん以外の登場人物名はすべて仮名である上、本人が本人のことについて書く「ノンフィクション」というのには、多少違和感がありますがconfident

本書はいわば、「作家のラジオパーソナリティ体験記」といえるでしょう。かんべさんが、ラジオの仕事に関わる中で、様々なことを思い、考え、悩んだことが率直に(率直に見えるように)書かれています。
特にラジオ局の人々の様子は、生き生きと描きだされ、まるで小説の登場人物のようです。たとえば記述が最も多い、パーソナリティの相方である「中崎くに子」について。ベテランの局アナである中崎氏について、前半次のような表現があります。

職業柄中崎は標準語を自由に使えるのであるが、それがときにはきつく感じられる(中略)彼女の口から標準語が出るときには、不機嫌、不同意、不満足など、緊張の勝った心理状態であることが多いと感じてきた。得意の一言返事、「そうですね」は、その代表例といえる。逆に大阪弁が出るときには、おかしがったり喜んだり、納得したり共感したり、リラックスしている場合が多いとも思ってきた。

これは中崎さんが言葉のプロであることを表しながら、かんべさんとの関係(力関係?)も示している巧みな表現です。実際作中でも、中崎さんの口から標準語が何度か放たれ、それが物語の重要な場面に関わってきます。話の布石としても機能しているわけです。

また、折に触れて登場する、かんべさんの「脳内講演」も注目です。様々な葛藤場面に遭遇したとき、かんべさんが考えを巡らせる場面を、「脳内講演」と表現しています。
たとえば次のような「講演」がありました。ラジオ界や新聞界でよく言われる「中学生にも分かる表現を心がける」ということについて、かんべさんは次のようにかみつきます。

新聞が「中学生にも」というその背景には、読者より自分たちの方がレベルが上だという認識があるのではないか。(中略)そしてテレビやラジオを含めたマスコミ一般にも、その傾向は歴然としてあると思うのです。送り手よりレベルの高い受け手など山ほどいるのに、何を勘違いしているのか。

本書ではかんべさん自身が登場人物なので、こうした作者としての主張を入れにくいため、「脳内講演」というアイディアをひねりだしたのではないでしょうか。これによって読者は、作中の主張が、「登場人物として」なのか「作者として」なのかを容易に峻別することができます。

こうした小説風の登場人物描写と「脳内講演」を軸に、「作家のラジオパーソナリティ体験記」は展開しますが、「職業とは何か」「ラジオの存在意義」「人と人の関わり」といった話題がちりばめられて深みを与えています。ラジオ制作の楽しみや苦労を一気に理解することができました。作家がサラリーマンの仕事場に入るというのはこういうことなのでしょう。

なんだかとても魅力的な一冊をとても理屈っぽく紹介してしまいましたが、要するに様々な角度で楽しめる本です。特にマスコミに関心のある方、ラジオが好きな方・好きだった方には特に楽しめると思います。

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