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2010年3月 8日 (月)

ん─日本語最後の謎に挑む

「ん──日本語最後の謎に挑む」山口謠司:著(新潮新書)

本書を店頭で見かけたとき、文字通り「ん?」と、反射的に手に取ってしまいました。変わったタイトルの本ということもあり、真面目な本なのか冗談の本なのかを見極めたかったのです。
目次を見ると、日本語の表記起源に関するかなり真面目な本だということがわかりました。「ん」もなかなか奥深そうです。見返しの文章が、本書のポイントを端的に説明してくれていますので引用しましょう。

母音でも子音でもなく、清音でも濁音でもない、単語としての意味を持たず、決して語頭には現れず、かつては存在しなかったという日本語「ん」。「ん」とは一体何なのか? 「ん」は、いつ誕生し、どんな影響を日本語に与えてきたのか?

これまで私は、多少なりとも日本語に関わる仕事をしてきたはずなのに、恥ずかしながら「ん」という表記の起源について考えたことも関心を持ったこともありません。さらに、本書で「『ん』は五十音表の外にある」と指摘されるまで、外にあるとすら思っていませんでした。考えてみればその通りです。

本書では、その起源が仏教にあるのではないかと指摘し、その証拠をいくつか紹介しています。そこで驚いたのは、「ん」と発音する記号は、当時何種類も存在したということです。これは、表記が定まらなかったから、という理由の他に、実際に発音が違っていたのではないかと山口さんは指摘します。実際、現在でも「ん」で表記される発音は、音韻分析をしてみると、実際には数種類になるとのこと。さらに日本語を学んでいる外国人には、非常に聞き取りにくい音であることなどが証拠として説明されていました。

とはいえ、古代の発音などどうやって類推するのでしょうか。録音が残っているわけでもないのに。これが読み始めたときの、私の大きな疑問だったのですが、それはすぐに氷解しました。本書では、訓点資料や万葉仮名を使っており、それは国語学の分野ではかなり一般的なアプローチとのこと。「訓点資料」という言葉は、まったく知らなかったのですが、次のように説明されていました。

国語学では、漢文で書かれた書物に日本語で仮名が振ってある資料を「訓点資料」と呼ぶ。なかでも特に、奈良時代、平安時代初期に訓読を行った際の書き入れがあるものを「古訓点資料」という。訓読が始まったのは奈良時代の後半からで、訓点の記入が始まったのはおおよそ西暦800年くらいであると考えられている。

こうした資料が現存するおかげで、1200年以上前の日本語の発音が想像できるのですから、それだけですごいなあという気持ちになります。こうした古文書の分析は、当然江戸時代にも行われていて、日本語の発音や表記について、本居宣長と上田秋成の間で論争があったとのこと。論争の詳細については、ぜひ本書でお読みいただければと思いますが、印刷技術の進展と庶民の識字率向上が、こうした表記の問題を顕在化させた、という指摘は、非常に興味深く読むことができました。
さらに明治になって、幸田露伴がこの問題についてかなり詳細に研究しているそうで、その解説は非常に面白かったです。

本書は、主張が順序立ててまとめられておらず、論理性が希薄な部分もあり、肝心な説明が抜けていたりして、結構隙だらけの本です(スミマセン)。たとえば「ン」という表記文字の成り立ちについては説明があるものの「ん」については言及されていないのは、かなり問題ではないかと思います。とはいえ、そうした欠点を差し引いても、「ん」の問題を一般人にもわかるように解説している点ですばらしいと思いました。過去の発音や表記に思いを馳せ、日本語について再認識するのに適切な一冊と言うことができるのではないでしょうか。

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