桐島、部活やめるってよ
「桐島、部活やめるってよ」朝井リョウ:著(集英社)
数年前、ある高校からの依頼でプレゼンテーションの方法について講演したことがあります。自分ではそこそこ好評を博したと実感できたのですが、感想文の中に「バカにされた気がして不快でした」という一文がありました。高校生の気持ちをまったく分かっていなかった私は、生徒とのやりとりの中で、「発言しない=分からない」と理解してしまったのです。
そんな苦い記憶がよみがえったのは、著者の朝井さんが描き出す高校生たちの日常が、あまりにリアルだったからです。今の高校生の気分が、おじさんにもひしひしと伝わってきました。
本書は同じ高校に通う、複数の高校生がそれぞれ主人公となって登場する、青春オムニバス小説。全部で6つの物語で構成されていて、それぞれ主人公の名前がタイトルになっています。主人公は以下の5名。物語は、それぞれ連関しながら主人公の視点で展開します。(所属する部活名は私が補足しました)
- 菊池宏樹:野球部(彼の物語だけが冒頭と最後の2度設定)
- 小泉風助:バレーボール部
- 沢島亜矢:ブラスバンド部
- 前田涼也:映画部
- 宮部実果:ソフトボール部
ご覧の通り、桐島君はいません。それどころか、本書を全部読んでも、桐島君の下の名前すらわかりません。この5名の物語の中で、主人公が「桐島君が部活を辞めた」という噂を耳にするだけ。しかも、それは物語を彩る枝葉の事実に過ぎないのです。
それなのに「桐島、部活やめるってよ」という本書のタイトルは、読後もまったく違和感がありません。むしろタイトルの巧みさに舌を巻きました。高校生の、部活動や友人との関わりや距離感を見事に表現しているからです。
物語で断片的に語られる情報を総合すると、桐島君はバレーボール部のキャプテンで、しかもさわやか系の好男子。私が高校の時であれば、こうした目立つ生徒が退部した、あるいはするとなった場合、
「ビッグニュース、桐島、部活やめちゃうらしいよ」
「えーっ、そうなの!なんで!?」
というやりとりになったことでしょう。しかし、ここに登場する高校生たちは
「桐島、部活やめるってよ」
「へえ、そうなんだ」
という感じ。つまり、話題にする側もそれを受け取る側も、言葉の温度が低いのです。しかし、言葉の温度はわざと低くしているのであって、心の中は低いわけではありません。実際には、熱い心も強い意志も持っているのです。では、なぜ低く見せなければならないのか、そうやって守ろうとしているものは何なのか──著者の浅井さんは、現代の高校生が抱いている、こうした複雑で繊細な人間関係と感情を、巧みに描き出しています。
朝井さんは、本書がデビュー作とのことですが、それが信じられないくらい表現力があるなあと思いました。とりわけ優れていると思うのが、オノマトペの使い方です。
- 桐島が笑うと、ニカッという音がした。桐島は、何の嫌みもない、からっと晴れた日のような笑顔をする。
- 志乃がそのふわくしゃにパーマした髪の毛に触ろうとすると、彼は、触んなよっ、とけっこう本気で抵抗する。私はこういうとき、「志乃の友達」というポジションを無言で守りながら、(中略)志乃をうらやましくも憎たらしくも思う。
- かかとを踏み続けてすっかりつぶれてしまった靴が、静かな住宅街に、ぺたん、ぺたん、とやる気のない進路を刻む。足音よりもゆっくり動いている、時計の針。
- かこり、と、カメラのレンズを隠していた黒い蓋が、地面に落ちてしまったのが見えた。
抜粋してしまうと、なかなかこの魅力が伝えにくいですが、彼ら彼女たちの心情を描くのにとても効果を発揮していると思いました。さらに物語同士の連関している部分でも印象的に使われています。特に「かこり」というレンズキャップの落ちる音は、菊池宏樹と前田涼也が関わるシーンで使われているのですが、その言葉を編み出したセンスと物語の組み立て方に脱帽しました。すばる新人賞を獲るのもうなずけます。
本当に上質な青春小説が読めてありがとう、そんな思いが素直に出てくる一冊でした。
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