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2010年4月 2日 (金)

日本辺境論

「日本辺境論」内田樹:著(新潮新書)

すでに非常に多くの方が、本書の書評を書いてサイトにアップしていますから、何を今更という感じもしないではありません。それでも、あえてご紹介しようと 思ったのは、これまでこのブログで紹介してきたいくつかの本の主張が、本書によってかなり明確になったからです。一読して分かったような気になっていたそれらの本の主張に、本書が、かなりはっきりとした輪郭を描いてくれたのです。

本書を語る前に、まずタイトルにある「辺境」ということについて説明する必要があります。字義的には「中央から遠く離れた土地」という意味ですが、もちろん地理的なことではなく、メンタリティが辺境であるというのです。内田さんは、私たち日本人は、行動決定において「何が正しいか」「自分が何をしたいか」ではなく、「正しい判断を下すであろう人」に寄り添っておくことが重要と考える、として次のように述べています。

ここではないどこか、外部のどこかに、世界の中心たる「絶対的価値体」がある。それにどうすれば近づけるか、どうすれば遠のくのか、専らその距離の意識に基づいて思考と行動が決定されている。そのような人間のことを私は本書ではこれ以後、「辺境人」と呼ぼうと思います。

つまり、日本人=辺境人というわけです。
内田さんは、この説明の論拠として、昨今のアメリカとの関係において下された政治判断や戦前の軍部による戦況判断をいくつか挙げています。この中で、山本七平さんの「空気の研究」を引用しているところがあり、はたと膝を打ちました。「空気の研究」では、日本において「空気」が存在することと、それがどんな役割を演じてきたかの説明はあるものの、なぜ生まれるのか、については、不明確だったように思います。これが、内田さんの「辺境人」という考え方を導入すると一気に明確になりました。

それから日本文学と、日本語の特殊性について論じた部分は、非常に興味深く読めました。
他国の文学が「わが国は○○である」という定義から出発するのに対して、日本文学はずっと「日本とはどういう国か」をテーマにしてきた、つまり日本文学は、自国理解を目的にしているというのです。そして日本語は、語られる内容よりも、どういう関係性の中で語られたのかが重要な言語だと説明しています。
私は、これらのことを読んで、日本の若者がしばしば「自分探しの旅」に出るのは、こういう背景があるのではないかと考え、日本でディベートが成立しにくいのはこういうわけかと納得しました。さらに「日本語が亡びるとき」という本に書いてあった、「夏目漱石の文学が、外国ではまったく評価されない」という理由も分かったような気がします。「坊っちゃん」での「おれ」と、「こころ」での「私」は、どちらも英語にすれば「I」ですが、位置づけは大違いですから。

とはいえ内田さんは「だから辺境人から脱しよう」と主張しているわけではありません。それどころか「辺境人は、なんでも採り入れるから学びの効率がいい」と言い、さらに「もし日本の教育に問題があるとしたら、それは辺境性が失われているからではないか」と言います。日本人の辺境性は、それが私たちがこの土地で生きるのに有利だから身につけた特性だというのです。これも、主張の根拠こそまったく違うものの「格差社会と教育改革」の中で山口さんと苅谷さんが述べている「そもそも日本に教育問題などなかった」という主張と合致します。

他にも、これまで読んできた本の中で印象的だった部分に関連するような記述がずいぶんありました。本書の帯には「これ以降、私たちの日本人論は、本書抜きでは語られないだろう」という養老孟司さんの評が掲載してありますが、あながち大げさではないと思いました。今年の新書大賞を受賞したというのも頷けます。
今後の私の読書に、大きな影響を与えそうな一冊でした。

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» 新書大賞受賞 内田樹 『日本辺境論』の内容紹介 [KI-Academic(学問する!)]
専門はフランス現代思想ですが、専門にとらわれず教育論など多くの著作がある内田樹(たつる)氏であるが、この度、この『日本辺境論』で新書大賞を受賞したようです。 新書大賞の詳細はコチラ。   新書大賞〈2010〉 「はじめに」で内田樹(たつる)氏は、この『日本辺境論』は「辺境人の性格論」は丸山眞男からの、「辺境人の時間論は澤庵禅師(たくあんぜんじ)からの、「辺境人の言語論」は養老孟司先生からの受け売りであり、ほとんど新味がないとしています。 しかし、僕にとって丸山眞男 は馴染み深いものであり... [続きを読む]

受信: 2011年10月 4日 (火) 21時13分

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