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2010年4月12日 (月)

科学文明に未来はあるか

「科学文明に未来はあるか」野坂昭如:編著(岩波新書)

いま書店に行くと、毎週のように新刊が並んでいます。しかも店頭に並ぶのは、そのうちのごく一部だそうですから、本当に大量の本が新しく刊行されているわけです。これだけ多数出版されれば、当然興味の向きにあった本があるわけで、これまでの読書は、どうしても新刊中心になっていました。

そんなとき、書店の片隅で本書を見つけました。もう「科学文明」というタイトル自体が古めかしい感じです。発行年を見ると、やはり1983年でした。ところが扱っている中身や問題意識は、今でもまったく古くありません。むしろ今読む必要性を感じました。

本書で話題となっているのは、主に次の内容です。

  • 核開発を含む原子力利用について
  • ロボットとコンピュータの功罪
  • 廃棄物とその処理技術
  • 生態学と自然
  • 遺伝子技術とヒューマニズム
  • 人間の生死、特に死について

基本的には、あるテーマについて専門の科学者を招いて対談する、というスタイルで章立てされているものの、核やコンピュータ、遺伝子の話題などは、それを専門としない科学者との対談でも話題となっています。それだけ野坂さんの関心が高い分野なのでしょう。
対談の冒頭で野坂さんは、こんな問題提起をしています。

きょうの話の問題点は、(中略)科学技術が現在のように人間の生活に深くくいこみ、かつ科学の歪みという面が強く出てくるようになって、科学が人間社会の根幹を崩壊させてしまうのではないかと言うことです。例えば、安楽死の問題を一つ取っても、人間を生かす工夫をどんどんやるけれども、生とか死とかをみつめることはしないで、技術だけが進んでいる。

野坂さんは、本書の目的について「はしがき」で「学者から先端科学についての教えを請う」と書いているにもかかわらず、この発言は結構けんか腰です。本書全体としては、確かに「教えを請う」部分も多いものの、こうした一見エラそーに見える問いかけが散見され、しかも目立ちます。けれども、おそらくこうしたエラそーな発言や問いかけによって、科学者たちから貴重な言葉を引き出しているように感じました。

【日本の原子力政策についての話題】
 核開発の問題とか原子力発電所の問題も、政治をやっている人たちは結局本当のところはわかっていないわけですよ。だから、自分と個人的に親しい人の入れ知恵だけで動いちゃう。(中略)これは非常に危ういことだと思いますね。それに日本の科学者は政治家の集団とも一般の民衆とも分離されています。
【情報化社会に関する話題】
 情報化社会では、人間と機械との無機物的な「対話」は増えるが、逆に人間と人間、人間と社会の間での真のコミュニケーションがますますなくなっていきそうです。

本書が出版されたのが約30年前ですが、指摘されている問題は現在でもまったく変わりません。むしろ、問題が30年も放置されていることが問題のように思えます。さらに生命と遺伝子の話題においては、科学者をたじたじにさせる質問もしています。

ダウン症などの障害を、生まれる前に把握できる技術が進み、中絶を選ぶ人がいる。しかし障害を抱える子と向き合うことで、人間的に成長できるという人もいる。生物学者としてこの問題をどう捉えるか。

この問いに対する答えはぜひ本書をお読みいただくとして、野坂さんは、どなたとの対談においても「技術や経済合理性としては分かるが、人として人生としてはどうだ?」と問いかけます。つまり「科学技術と人間性の相克」。
しかし、こうした問いかけは、誰にもできるものではありません。人生のバックボーンが必要なのです。野坂さんの背景には、壮絶な戦争体験があると思います。野坂さんの評として、よく「右も左も批判する人」などと言われますが、本書を読んで、その根幹は戦争体験なのだと強く感じました。

戦争を体験した人が、毎年確実に減っています。数十年後、戦争を体験していない人たちだけの世の中になったとき、日本はいったいどんな社会になっているのでしょう。本書を読んで、そんなことを考えました。

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