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2010年4月 5日 (月)

憑神

「憑神」浅田次郎:著(新潮文庫)

久々に時代小説を読んでみたいと思いまして、書店で何の気なしに手にしたのが本書です。村上豊さんの表紙絵と、裏表紙に書かれた紹介文が、なんとも楽しげな本であることを想像させます。

とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、抱腹絶倒にして感涙必至。傑作時代長篇。

紹介文は、こんな感じで結ばれていましたから、「こりゃきっと時代劇コメディだな」と想像し購入しました。けれども読み始めてみると、その想像は良い意味で大外れ。本格的な人間ドラマでした。

本書をご紹介するために、まず、私なりに紹介文を書き直してみることにしました。裏表紙の文章は、どうにも適切でないと思えたからです。
紹介文とは、映画で言えば予告編。物語の中身を正確に記述するとともに、魅力的でしかもネタバレにならないように書かなければなりません。

舞台は幕末の江戸深川。主人公の別所彦四郎は、代々将軍の影武者を務めてきた家の次男。家督は長男が継ぎ自らは婿養子に出るも、離縁され実家に居候している。周囲からは文武に優れた人物と一目置かれていたが、さしたる役目もなく鬱々とした毎日を送っていた。
ある日、憂さ晴らしに酒を飲んだ帰り道、廃れた祠を見つける。神仏になどすがらない彦四郎だったが、酔った勢いもあり戯れに手を合わせる。ところがこれは、祈った人に災厄をもたらす祠だった。
現れたのは、お大尽の身なりをした貧乏神。取り憑いた彦四郎の家を、どん底の貧乏にする役目なのだという。
憑神たちと闘いながら、激動の時代を実直に生きる別所彦四郎。果たして彼の運命やいかに…。

巻末の解説によれば、著者の浅田さんは、幕末の江戸、特に下級武士の生活についてずいぶん調べたそうです。そのためか、物語に描かれる人々の生活はとてもリアルでした。江戸時代から明治になるときの変化は、現代の感覚では、デジタルな変化、つまり大政奉還されたらすぐに明治天皇の御代になったととらえがちです。けれども、ラジオも新聞もなかった時代、時代の変化はかなり緩やかであり、その中で、戸惑う者、如才なく振る舞う者、流れに逆らう者など、様々な人たちがいました。本書は、文武両道で謹厳実直なるがゆえに、幕末において時代遅れな存在となってしまった別所彦四郎を主人公に据えて、変化の激しい時代における人間の生き方を鮮やかに描いています。

その描写のスパイス、いやメインディッシュになっているのが、彦四郎に取り憑く憑神です。上記の紹介文に「憑神たち」と書いたように、彦四郎には、複数の憑神が順番に取り憑いてゆきます。憑神たちは、「お大尽の身なりをした貧乏神」などいずれも皮肉な身なりをしていて笑わせる上、登場の仕方が特徴的。いつの間にか、ふっと彦四郎の前に現れるのです。この場面転換の描写が見事でした。

次々とやってくる憑神。最初は対応するだけで精一杯だった彦四郎ですが、やがて自分の生きる道を明確に見出します。それは憑神が導いた道ではなく、自ら開いた道。つまり彦四郎が彼らを、神を凌駕した瞬間でした。

変化の激しい現代、私たちは、我が身の不幸ばかりを言いつのり、自らが本来なすべき仕事をしていないのではないか

本書を通じて浅田さんは、私たちにそう訴えかけているように思えてなりません。歴史の勉強にもなる上に、生き方も考えさせてくれる、上質なエンターテインメントを味わうことができました。

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