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2010年5月17日 (月)

空中庭園

「空中庭園」角田光代:著(文春文庫)

角田さんの作品は、もうずっと前から読みたいと思っていました。雑誌のコラムやテレビのトーク番組でその存在を知り、週刊文春のアガワさんとの対談で惚れ直したのに、なかなか機会に恵まれませんでした。いや、単にさぼっていただけなんですけどね。
それで連休こそは、読んでみるぞと決心したものの、さて膨大な作品群の中で何を選べばよいのやら…。困っていたときに文学好きの知人が何冊か勧めてくれました。そのうちの一冊が本書です。

郊外のダンチで暮らす京橋家のモットーは「何ごともつつみかくさず」。でも、本当はみんなが秘密を持っており、それぞれが違う方向へ。異質でありながらも家族であるしかない、普通の家族に見える一家の光と影……ひとりひとりが閉ざす透明なドアから見える風景を描いた連作家族小説。第3回婦人公論文芸賞受賞。解説・石田衣良

一気に引き込まれて、最後まで読んでしまいました。しかしその読んでいるときの気持ちは、「おもしろい」や「深まる謎」とは、ちょっと違い、取り憑かれたというか、読むことから逃げられないというか、そんな気持ちでした。読後も爽快な気持ちにはなれなかったものの、さりとて不快ではありません。それなのに、いやそれだからこそ、心に深く刻み込まれました。

描かれているのは、郊外の団地に住む、普通の家族のあたりまえの日常。「何ごともつつみかくさず」なんて、アットホームなモットーさえ共有する家族です。当然、とんでもない事件などまったく起こりません。けれどもそれは、彼らの表面的な部分。角田さんは、そこに潜む心の闇を、登場人物6名の視点で立体的に描き出しています。それぞれの視点には、次のようなサブタイトルが付けられています。

  • ラブリー・ホーム(京橋家の長女:マナの視点)
  • チョロQ(京橋家の主人・マナの父:京橋貴史の視点)
  • 空中庭園(貴史の妻・マナの母:絵里子の視点)
  • キルト(絵里子の母・マナとコウの祖母:さと子の視点) 
  • 鍵つきドア(コウの家庭教師・貴史の愛人:北野三奈の視点)
  • 光の、闇の(京橋家の長男:コウの視点)

この中で、父親の愛人が息子の家庭教師をしている、という設定が異彩を放っています。しかし、どろどろの愛憎劇などは起こりません。それどころか、京橋家で、北野先生の誕生日パーティさえ開いてしまいます。このシーンは、「鍵つきドア」の章、つまり三奈の視点で描かれているので、読者はこれまでの話の中で、このパーティの参加者ほとんどの本音を知り得ています。ですから、ここに描かれるのは、会話は至って普通でありながら、心理的にはどろどろの家族パーティー。いやはや、ものすごいシーンです。

家族っていったい何だろう──本書を読み進めるうち、また読み終わった後、ぼんやりと頭に残る疑問です。この問題について、各章の主人公は、それぞれの認識を語っています。私には三奈の視点で書かれた、コウの言葉が印象に残りました。

「うち、逆オートロックだからなあ」椅子の背にのけぞり、天井を向いてコウが言う。
「何それ」
「ここいらへん一帯、ぜーんぶそうだと思うよ。やっぱちょっと田舎だしさ、鍵は開けっ放しも同然で、他人の出入りとか、ざっくりしてるっていうか、かなり適当にしてるんだよな。外の人、わりと自由に招き入れるんだけど、家の中にもう一個見えない扉があってさ。こっちの扉は、絶対開けないっていうか。暗証番号も教えないし。表玄関は開いてるんだって宣伝して、オートロックのほうを隠してるんだよね。そんな感じ」

何ごともつつみかくさず」というモットーに隠されたオートロックのドア。一見開かれているが実は閉じられているドア。これは、家族という組織の本質なのでしょうか、それとも孤独のメタファなのでしょうか。いろいろと考えさせられた一冊でした。同時にこうした普通の出来事から、家族の問題をえぐり出してしまう角田さんの構想力と表現力に舌を巻きました。角田さんの作品は、当分やみつきになりそうです。

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コメント

おはようございます。
TBさせていただきました。
角田光代マニアを自称するようになった私の、一番最初に読んだ本が、これでした。
私にとって、ひとつの稲妻でした。
たくさんの本がすでに出ていることを知り、これから当分好きなだけ角田さんの本が読める!と幸せな気分になったことが思い出されます。

投稿: 時折 | 2010年5月18日 (火) 07時56分

時折さんも、本書が「初角田」でしたか。ぼくもです。確かに稲妻が走りますねえ。で、すでに「角田病」に感染してしまった私は、さらに2冊続けて読んでしまいました。
私の場合は幸せというより、ちょっと恐怖ですが。他の本が読めなくなってしまうという。

投稿: むらちゃん | 2010年5月18日 (火) 08時45分

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