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2010年7月 2日 (金)

蹴りたい背中

「蹴りたい背中」綿矢りさ:著(河出文庫)

綿矢さんが本作によって、史上最年少で芥川賞を受賞したのは、もう6年も前になります。当時ものすごく話題になりました。単行本は127万部も売れたのだそうです。私が購入したこの文庫版も、2008年9月の時点で22刷ですから、いかに売れたかが分かります。

当時も非常に気にはなっていたのですが、「流行り物は廃れた頃に読む」のが主義の私は、当時ぐっとがまんしたのを覚えています。今回見つけた本書は、近頃の文庫にしては珍しい低価格。早速読んでみることにしました。

“この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい”長谷川初実は、陸上部の高校1年生。ある日、オリチャンというモデルの熱狂的ファンであるにな川か ら、彼の部屋に招待されるが…クラスの余り者同士の奇妙な関係を描き、文学史上の事件となった127万部のベストセラー。史上最年少19歳での芥川賞受賞 作。 ◎解説=斎藤美奈子

一読して思ったのは、「6年前に読まなくて良かったな」ということです。本書が描いている、ティーンエイジャーの気持ちが、おそらく当時だとまったく理解できなかったことでしょう。もちろん、今は分かるということではありません。けれども「友だち幻想」「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか」「桐島、部活やめるってよ」といった本を読んだり、高校の講演で失敗したりといった経験をしたことで「そういうこともあるだろうな」と感じることができるようになったのです。

こんな理屈っぽくご紹介するのは、この物語には何の事件も起こらないからです。それどころか、主人公の初実(高校1年生)の心は、不満だらけ。学校にも、クラスにも、グループ化する友だちにも、先生にも、陸上部にも、そして時折中学校の時親友だった絹代にも、その不満はぶつけられます。さらに、そうやって他者に不満ばかりをぶつけている自分自身にも。
昔から青春小説においては、若者の不満は数多く描かれてきましたが、それは、必ず顕在化する形で描かれていたと思います。ところが本書では、不満や不安はすべて彼女たちの心の中にあるという形で描かれています。このあたりは「桐島、 部活やめるってよ」も同じです。それが「イマドキの青春」なのでしょう。

唯一起こる出来事としては、初実とにな川(本書では「にな」を平仮名表記にしている)の関わりがあります。初実は、にな川の部屋へ何度か訪問し、一緒にお店へ出かけ、「オリチャンというモデルの」ライブにも行き、果てはにな川の部屋にお泊まりさえします。表面的には、完全につきあっている状態(恋愛関係)です。実際、絹代はそう誤解しています。けれども実際にはそうではありません。初実にとって、にな川は、「蹴りたい背中」でしかないのです。少なくとも今のところは──。
そんな「関係」ってあるのでしょうか。若い男女なのに。にわかには信じられませんが、本書ではそれが説得力をもって表現されています。たいしたものだなと思いました。

このように微妙な心情を文字に表せる綿矢さんは、今後どんな作品を紡いで行くのでしょうか。10年後、20年後が楽しみな作家です。

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