« 「悩み」の正体 | トップページ | 餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか? »

2010年7月 9日 (金)

相手に「伝わる」話し方

「相手に『伝わる』話し方 ぼくはこんなことを考えながら話してきた」池上彰:著(講談社現代新書)

近頃書店に行くと、池上さんの本が「これでもか」というくらい、たくさん並んでいます。以前ご紹介した「伝える力」という本も、「○万部突破!」といった勇ましい帯が着けられていました。これは、池上さんがテレビで大人気ということもありますが、それ以上に、分かりやすく納得できる本だからではないでしょうか。

本書の刊行は2002年。池上さんがNHKに在職していたときに書かれたようです。刊行時期から考えて、池上さんの「伝えることを伝える」仕事の第一歩になった本といってもよいのではないでしょうか。それは「はじめに」に書かれた執筆のきっかけのエピソードからもうかがえます。

「こどもニュース」を担当しているとき、看護師を目指す学生さんから、「患者さんに、情報を正しく、しかも気持ちを損なわずに伝えるコツは何か」といった主旨の手紙をもらい、頭を抱えてしまいました。まさに私が日々悩んでいることだからです。けれどこのことは、思いを適切に伝えたい、と悩む人は決して少なくないのだと教えてくれました。そうした人に、私の試行錯誤の経験は、何らかのヒントになるかもしれません。

かなり乱暴な要約ですがご容赦ください。このように本書は、タイトルに「話し方」とあるものの、本書の中心はノウハウではなく、池上さんの経験談です。「記者→キャスター」という経歴の中で、伝えることとどう苦闘してきたかが綴られています。ただ、単純に経験を時系列で述べたのでは、伝わりません。そこで本書では、なかなか巧みな構成がなされています。

  1. はじめはカメラの前で気が遠くなった
  2. サツ回りで途方に暮れた
  3. 現場に出て考えた
  4. テレビスタジオで考えた
  5. 「わかりやすい説明」を考えた
  6. 「自分の言葉」を探した
  7. 「言葉にする」ことから始めよう

第1章では、記者生活から一転してキャスターに異動させられたときの苦労話から、話し言葉と書き言葉の違いについて語られています。原稿を単に読んだのでは伝わらないというのです。本書で語られる「話して伝える」ことの難しさが、容易に理解できるという点ですばらしい導入だと思いました。
第2章では、池上さんの新人時代の経験が語られています。警察番記者として署に出向いても誰も相手にしてくれず、途方に暮れたという話です。ここでは「聞く」「聞き出す」が主な話題で、一見すると「伝える」には無関係のように思います。しかし、「はじめに」にあったように、池上さんが考える「伝える」は、単に意味を伝えるだけではありません。「情報を正しく、しかも気持ちを損なわずに伝える」ということです。池上さんが、徐々に警察官の信頼を得て行く過程で、気持ちの問題や信頼関係について書いているのは、そういうことなのだろうと思いました。

第3章では、記者としてテレビカメラを通じ現場から伝える難しさのことを、第4章では首都圏ニュースのキャスター時の経験、第5章ではこどもニュースでのことが書かれています。それぞれ直面した困難と、解決の道筋が書かれていて、とても参考になります。同時に、前の仕事をきっちりとその後に生かしている池上さんの姿に感動しました。

そして印象的なのが、第6章です。ここでは、気持ちをどうやって伝えるか、を2つの話題で語っています。1つ目は「伝わる謝罪」について。2つ目は、生放送中、視聴者から送られてきた「自殺したい」というFAXへの対応について。面と向かってさえ難しい謝罪や説得という行為を、放送を通じて行うわけですから、さらに難しい対応が迫られます。正解はありません。それだけに、池上さんが取った行動は事実ですから重みがあります。
第1章で提起された、伝えることの表面的な難しさが、ここに至って、心の問題や生き方の問題に行き着くのだと実感させられました。非常に説得力のある構成です。

最後の第7章で、伝わる話し方について若干ノウハウ的な説明があります。しかし最大のポイントは7章に付け足すようにして書かれた、「最後にもう一言」の部分でしょう。ポイントを引用してみます。

実は私は、そんな便利な「話のテクニック」など存在しないと思っているのです。話すべき内容があって、「伝えたい」という熱い思いがあれば、それは相手に伝わるものなのです。(中略)ただそのとき、相手への想像力、相手への思いやりを忘れさえしなければ。

|

« 「悩み」の正体 | トップページ | 餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか? »

教養書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29188/48724606

この記事へのトラックバック一覧です: 相手に「伝わる」話し方:

« 「悩み」の正体 | トップページ | 餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか? »